【旅に出る】
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・【旅に出る】
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正太郎は正太郎のお父さんと共に私の家へやって来た。
「うちの子をよろしくお願いします」
深々と頭を下げた正太郎のお父さんに、うちのお父さんはあわあわしていた。
正太郎のお父さんは高そうなスーツを身に纏い、うちのお父さんはまだまだ寝巻だった。
そうか、各地に支社のある会社で融通が利くわけだから正太郎のお父さんの会社は大会社か。
何なら正太郎のお父さんは融通を利かせても良いと会社から思われている、会社にとって大切な人間ということだ。
それに比べて私のお父さんは本当にもう慌てて焦って汗、の、三種の神器じゃん。
正太郎のお父さんから、見るからに美味しいゼリーかクッキーが入ってそうな包みと、お金を入れるようなのし袋が手渡された。
うちのお父さんは嬉しそうに受け取ると、お母さんがすぐさまのし袋だけ取り上げ、それを正太郎のお父さんに返した。
その時のうちのお父さんの顔といったら、もう情けない顔で、せっかくもらったのにという表情だった。
お母さんがこう言った。
「お金は大丈夫ですので、このお菓子だけ有難く頂きますね」
正太郎のお父さんが、
「いやでも、旅の資金にでも。それに少ない金額ですから」
と真剣な表情で頭を下げるので、お母さんは少し俯いてから、
「分かりました。この旅で使った分だけ頂きます。あとで返金に行きますから」
と言った。
正太郎のお父さんは会釈してから、正太郎の背中を叩き、
「正太郎、失礼の無いようにな」
「はい」
と実直な返事だけした正太郎。
何だか正太郎は緊張しているようだった。
正太郎のお父さんはその後、何度か頭を下げてから家を出た。
正太郎だけが私の家に残った。
最初の隔たり、1次のくーちゃんはお姉ちゃんと同じ大学に通う大学生らしいので、今から家を出てもしょうがない。
よくよく考えたら、正太郎、家に来るの早くない? と思ったけども、多分正太郎のお父さんも挨拶がしたくて、こうなったんだろう。
私はとりあえず、
「正太郎、ソファーに座っていいよ」
と促すと、うちのお父さんが、
「いやそれよりもこのテーブルのほうへ座りなさい」
と言って、イスを引いた。
正太郎は言われるがままイスに座り、その流れで私もお母さんもイスに座ると、お姉ちゃんが、
「お父さん、アタシのイスには座らないで。というか正太郎くん、正太郎くんがアタシのイスに座って。お父さんはお父さんのイスに座りなよ」
正太郎はどうすればいいか分からず、挙動不審になっていると、お父さんが、
「じゃあ佳子が佳子のイスに座ればいい、僕は立っているから」
「いやアタシはもうちょい寝てくるから」
「そうか、じゃあこのテーブルの四人で正太郎くんのお父さんからもらった包みを頂こう」
と言いながら、包みをお父さんが開け始めると、すぐさまお姉ちゃんがイスに座り、
「こんな高級品、うちではありえないんだよ」
と言ってから、お姉ちゃんは比較的もたもたしているお父さんから包みを奪い、
「手がおぼつかないのかよ、アタシがやる」
と言って、さっさと開けた。
フタを取ると、そこには高級品しか発さない、独特のテカテカ・チョコレートがあった。
パティシエの極意みたいなチョコレートが24個入っていた。
すぐに計算してしまった。嬉しすぎて。
「じゃあこれ、アタシ半分もらうから」
とお姉ちゃんが言った時、私は気付いたら拳を作って立ち上がっていた。
それに対してお姉ちゃんが少し慌てながら、
「な、なによ、鈴香。アタシがアシするんだから、本来アタシだけのもんでしょ、それを半分譲ると言ってるんだから大金星でしょ」
「みんなのモノなんだから! 絶対に5で割ってお父さんだけ4!」
「いやいや、アタシが半分もらうし、全部SNSにあげるし」
正太郎は無言であわあわしていると、お母さんがこう言った。
「佳子、鈴香、正太郎くん、これから旅に出るんでしょ。だから旅にこれを持って行って、三人で3等分しなさい」
すると正太郎がここだ、といった感じに上半身を前のめりにして、
「俺の分はいらないんで、鈴香と鈴香のお姉さんで半分こずつにして下さい!」
それにお姉ちゃんはポツリと、
「良い男かよ」
と言った。
私はそうじゃないと思って、
「じゃあ正太郎、私の分は私と半分こしよう! だからもうお姉ちゃんは半分食べたらいいよ!」
と言うと、お姉ちゃんは、
「甘々かよ」
と呟いた。
最後にお母さんが、
「まあ分け方はそれぞれとして、とにかく持って行っていいからね!」
それに対してお父さんは何も言わなかったけども、眉毛を八の字にして、とても悲しそうな表情をしていた。
でもそれは多分、みんな見て見ぬフリした。
もうどうしようもなかったから。
とりあえずお姉ちゃんがチョコレートをこれでもか、と、親の仇くらいの勢いで写真を撮り、時間は経過していった。
朝食はお父さんだけ早めにとって、それからお母さん、お姉ちゃん、私、そして正太郎で食べた。
正太郎は断っていたけども、お母さん特有の押しの強さで食べさせることに成功した。
最初、正太郎は大人しかったけども、徐々に喋れるようになって、最終的には、
「正太郎くんはカッコイイねぇ、鈴香が惚れるわけだねぇ」
というお母さんのお母さん特有のヤなフリに対して、
「全然カッコ良くないですよ、鈴香のほうがスーパーロボットですよ」
とボケて、それに対して私が、
「ロボットをカッコイイと思うの男子だけだから! 褒め言葉になっていない!」
とツッコミ、さらにお姉ちゃんが、
「今の時代にそぐわない偏見かよ」
と呟くというコンボができるようになっていた。
そろそろ時間といったところで、お姉ちゃん、私、正太郎で、お姉ちゃんの車に乗り込んだ。
一回お姉ちゃんは自分の旅用バッグを家に置いて、チョコだけ持っていた時間があった。
「じゃあ走り出すからシートベルトしろよ、面倒でなければ」
いや、
「絶対しなきゃダメなんだよ!」
そんな会話をしながら、私たちは旅立った。
果たして、何次の隔たりで辿り着くのか、いや辿り着かないかもしれないけども。
いいや辿り着くと思って、辿り着くと思い込んで。
胸は高鳴っていた。
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