【田中先生のクッキー】

・【田中先生のクッキー】


「図形って面白い! というか可愛いねっ!」

 美代は私の図形の話を聞いて、歓喜の声を上げた。

 そんな大歓喜を出されると、どうも、あれだ、どうも調子に乗りたくなる。

「そうだよねぇ! 図形って最高だよねぇっ!」

 と鼻高々に、笑顔を振りまいていると、

「おまちどおさま!」

 と言って正太郎がやって来た。

 いや全然待っていないんだけども。

「ちょっと前から聞いていたけども別に鈴香の手柄ではないだろ」

 そして即、正太郎が水を差した。

「でも教えてくれたのは鈴香だから!」

 美代の援護が有り難い。

「というか図形の何が、皮の部分が良いか俺にも教えてくれよ」

 いや

「美代は可愛いって言ったのっ、焼き魚を食べる通な人の話はしていないよ」

 と私が言うと正太郎がちょっと冷たい顔をしながら、

「図形なんてただの形じゃん、可愛いことも面白いことも無い、これは断言する、可愛いも面白いも無いだろうなぁ、多分、まあ自信は無いけどね」

「いやじゃあ全然断言していない! 特に断言する以降が断言していない!」

「どんどん不安になっていった、だって美代の感覚は正しいからさ」

 何その美代の言うことは頼っているみたいな。

 私のことを素直に正しいって言えよ。

 じゃあまあ、

「正太郎に一から説明してあげる。たとえばこの正方形の折り紙をうまいこと三つに分けるとします」

「具体的に教えて、うまいことだと、何かおいしい食べ物しか浮かばないから」

「こうやって……とある辺の真ん中の部分から、対角線上にあるどっちかの角に一本線を伸ばして三角形の図形を作ります。そしてその伸ばした線上から直角になるように線を伸ばして、角の先へ線を繋いで三角形と歪な四角形を作ります。こうすることによって、直角三角形が二つと、歪な四角形が一つできるね」

 と折り紙をそう切った。

「まあできたな、というか全然可愛くないぞ、歪な四角形に恐怖を感じるくらいだ」

 そう言ってからちょっと震えるアクションをした正太郎。

 そんな小粋なリアクション芸はどうでもいいとして、私は話を続ける。

「この三つの図形をバラバラにして組み合わせることによって、いろんな形になるの。たとえば、台形、さらに平行四辺形、長方形にも、直角三角形にも」

 と言って折り紙をいろいろ繋げて見せると、正太郎が、

「おぉ! 何かすごいな! 俺はこれをカッコイイと名付ける!」

 と言うと美代がニコニコしながら、

「正太郎くん! 男子と女子の違いだね!」

「あぁっ! それぞれの感性だ!」

 美代と正太郎が盛り上がっている。

 なかなか仲良さげで何かちょっと腹立つな。

 何がどう腹立つかは分からないけども。

「ねっ! 図形って面白いでしょぅ!」

 あまり得意げにならないように、抑えて言ったつもりだったが、やっぱりちょっと語尾が上がってしまった。

 いやもうこの時は、めちゃくちゃ得意げになるように言ったかもしれない。

 正太郎に自慢したかったから。

「確かに図形って面白いなぁ! でもそうだな、それを教えてくれる鈴香もやっぱりすごいやっ!」

 そう言って爽やかに笑った正太郎。

 何だか少し胸がドキッとして、どうした私、ってなった。

 私の心臓大丈夫かな、急に死んだりとかしないかな。

 とか思っていると正太郎と美代がそれぞれ、

「なぁ! 鈴香! もっと面白い図形の話は無いか!」

「だよね! 正太郎くん! いろいろ聞いたい! 聞きたい!」

 と言ってきたので、私は、

「じゃあまずこの図形の説明をもうちょっとするね!」

 それに対して正太郎と美代が、

「何だ! まだあるのか! 無限だな!」

「感情をいくらでも引き出してくるね!」

 と言ってきたので、何かさらにテンションが上がった。普通に嬉しい。

「いろんな形にできるには訳があって、それは直角を作っていること。直角を二つ組み合わせると、直線の辺ができるから、別の形を作りやすくなるの」

 正太郎はうんうん頷きながら、

「直角って便利なんだなぁ、今後どんどん直角作っていこうっと」

「いやまあ別にそこまで万能なわけじゃないんだけどもっ」

 と一応軽くツッコむと、美代が、

「あとは! あとは! 図形の話もっとして!」

 と、美代のせがみがすごいなぁ。

 せがむ、という言葉自体あんまり使わないけども、ついに今日初めて、せがみという言葉を使っちゃったなぁ。

 ここはとっておきの図形の話でもするかっ!

「正方形や三角形などの図形を切り貼りした歪な図形でも、うまく組み合わせていくと、いくらでも敷き詰めて模様みたいなのが作れるんだよ。さすがに円だけとかは無理だけどねっ」

 と私が言うと、正太郎と美代が落胆しながら、それぞれ、

「いや円だけとかじゃなくても、それは無理だろ、急に無理が出た、図形の話の最終回じゃん」

「……鈴香、それはちょっと嘘をついてしまったようね……期待し過ぎてゴメンナサイ……」

 コイツら仲良いな、めちゃくちゃ腹立つな。

 いや、

「たとえば四角形とか三角形なら考えやすいでしょ」

「まあそれならなんとなく」

「その正方形を切り貼りして、歪な形にするとするじゃない? それも同じ図形なら敷き詰めていくことが可能なのっ」

 と私は説明したが、正太郎と美代は、

「いやそれはさっき聞いたけども、言われるだけじゃ納得がいかないな」

「確かに、何回言われても図形の話の終わりにしか聞こえないね……」

 少し考えてから私は美代からスマホを貸してもらい、ちょっとインターネットで調べて杉原厚吉先生の『しきつめ模様』の画像を出し、美代と正太郎に見せた。

「えっ! すごい! 曲線があっても敷き詰められている!」

「本当だ! これすごいな!」

 私は少し自慢げになりながら、

「曲線がある場合はさすがにちゃんと計算しないといけないんだけども、こうやって敷き詰めて模様を作ることが可能なんだ。でも正方形から切り貼りして作った程度の図形だったら、いくらでも敷き詰められるんだよ」

 正太郎はガッツポーズをしながら、

「すごいぜ! 何か不思議だな!」

 美代はせがみのテンションで、

「どうしてこうなるのっ?」

 私は先生のテンションで、

「基本的に元々敷き詰められる図形を切り貼りして好きな図形を作っているの。この杉原厚吉先生のしきつめ模様もそうで。切ることによって、凹みを作り、貼ることにより、出っ張りを作る。その凹みと出っ張りは元々同じ図形からきているものだから、そこ同士を合わせることで、敷き詰めていくことができるのっ」

 それに対して正太郎は理解したような、快晴の青空のような顔をしながら、

「なるほど! そうやって論理的に教えられるともう正しいってことが分かるな!」

 美代も手をグーにしてブンブン振りながら、

「すごい! さすが鈴香!」

 最高だ……こう言われることが気持ち良くて仕方ない。

 やっぱり算数の話は止められない……。

 そんな話をしていると、田中先生が意気揚々と教室の中に入ってきた。

 それと同時に何か甘い香りがした。何だろう。おいしそうだな。

 その匂いに正太郎も気付いたらしく、

「皮の部分が良いみたいな匂いが田中先生からするな」

「そんな焼き魚的な匂いじゃないでしょ、香ばしいは香ばしいけどもっ」

 しかし美代はすぐ分かったみたいだ。

「この香り、よく嗅ぐなぁ、これクッキーだよ、ママがよく焼いてくれるからすぐ分かる、クッキーだ、クッキー」

 そう言って美代は喜んだが、私は逆に少し落ち込んだ。

 私のママ、何か、テカテカの茶色の煮物しか作らないんだよなぁ……いいなぁ、美代のママは……。

「さぁ! さぁ! みんな席に着いてぇ!」

 田中先生がやけに得意げに着席を促している。

 そんな田中先生が、まるで算数の話をしている時の私に見えて、客観的にはこう見えているのかと思って、少し反省した。

 クラスメイトが皆、着席すると田中先生が喋り出した。

「他のクラスのみんなには内緒だよ! クッキーがうまく焼けたので、みんなに配ります!」

 歓喜の渦。

 ワールドカップで優勝したくらいの大騒ぎ。

 その喜びようを見て、田中先生も満足げだ。 

「では早速配ります」

 そう言って、綺麗なビニール袋に入った正方形のクッキー四枚が一人一袋配られた。

 いつ食べよう、家に帰ってからかなぁ、それとも今すぐかなぁ、とか考えていると、

「じゃあ一限目は体育だから、早く着替えてグラウンドに行きましょう!」

 と田中先生は言った。

 そうだ、体育だ。

 運動する前にクッキーは食べたくないので、体育が終わったあとだなぁと思いながら、女子は更衣室へ移動していった。

 その時、華絵の口の中がモグモグしていたが、話し掛けることはできなかった。

 何故ならモグモグしていたから。

 モグモグしている人には話し掛けられないから。

 あっ、もう食べたんだ、とは思った。

 華絵の食い意地が最近すごい。

 あの事件以来、強くなった。

 やっぱり事件って人を変えるんだなぁ、とか思いながら、体育の授業を過ごした。

 そして教室に戻ったその時、事件が起きた。

「オレのクッキーがバラバラになってる!」

「あっ! オレのもだ!」

 その声に一番驚いたのは華絵だった。

 華絵はものすごい速度でクッキー袋を確認すると、そこには一枚の正方形のクッキーがあった。

「良かった……ちゃんと綺麗な正方形のままだ……」

 いやというか、もう一枚しかないんかい。

 四枚あったそこそこ大きめの正方形クッキーがもう一枚しかないんかい。

 とりあえずクラス全員で自分のクッキーを確認すると、とある男子四人だけ、クッキーがバラバラになっていたのだ。

 あの事件の犯人・ヒロシと、クラス一のお調子者・キャムラと、このクラスで一番運動神経の良い・隼輔くんと、引っ込み思案・イッチンの四人のクッキーがバラバラになっていた。

 イッチンがすごくしょげていて、何だか胸が詰まる。

 でもそれ以上に田中先生が今にも溶け出しそうな勢いで、床に倒れていた。

「私の……完璧な……形の……クッキーが……バラバラに……ぉぅっ、ぉぅっ、ぉぅぅぅうううっ」

 何か変な咳をもらすくらいに落ち込んでいる。

 さすがにこれは陰湿だ。

 こんな陰湿なことをするヤツが同じクラスにいるなんて。

「こんなことするヤツ、許さねぇ! オレめちゃくちゃキレるわぁっ!」

 とキャムラが騒ぎ立てる。しかし隼輔くんは冷静だ。

「まあ粉々にはなっていなくて良かったな、原型もあるし。多分八つ当たりかなんかだろう、あんまり気にせず、普通に食べようぜ」

 その隼輔くんの神対応にクラスの女子から感嘆がもれる。

 隼輔くんは学校中で人気のあるイケメン男子、ということになっているらしい。

 私はそんなことよりも、算数の本ばかり見ているからよく分かんないんだけども、とにかく人気があるらしい。

 そんなリアクションを女子からもらった隼輔くんを見たキャムラは、すぐに言っていることを変えて、

「まっ! 確かにバラバラになってるだけだ! 全然気にしないな! 気にしないから器デカいな! オレは!」

 と叫んだ。

 いやもう妬みからのハツラツが嫌だわ。

 女子も全体的に”バラバラにされて可哀相だけども、何か嫌だな”感が出ていた。

 バラバラにされて可哀相なのに、何か一段と可哀相だな、と私は少し思った。

 まあこんな感じで終わるのかな、と思ったその時、田中先生が叫んだ。

「悔しいです! 先生、悔しいです! みんなに最高潮の正方形を見てほしかったのに! 先生、悔しいです」

 それに対して、隼輔くんが困りながら、

「いや受け取った時に、良い正方形を見ましたから、大丈夫ですよ、先生」

 と爽やかに先生を慰め始めて、また女子が盛り上がった。

 でも私はついキャムラのほうを見てしまう。

 キャムラのリアクションを見てしまう。

 嫉妬深そうに隼輔くんを睨むキャムラがそこにいて、つい笑いそうになった。

 そしてキャムラが叫んだ。

「怪しいぞ! 隼輔! オマエが犯人なんじゃないか! そうやってカッコ付けるために、自分でこんなことしたんじゃないのか!」

 なんたる逆恨み、キャムラは隼輔くんに対抗心を燃やしがちなので、あんなことを言い出しやがった。

 それを止めたのは、女子たちではなく、意外と、と言うとあれだけども、ヒロシだった。

「ちょっとキャムラ、そういうのは止めろよ。もう隼輔が話をまとめにかかっているんだから、もういいだろう」

 それに対してキャムラはウキキキキと猿のように怒りながら、

「なんだと! ヒロシ! じゃあオマエが犯人だ! 実際隼輔よりオマエのほうが怪しいわ!」

 確かに、という空気がクラス中に流れる。

 それに待ったをかけるヒロシ。

「いや! オレも被害者じゃん! バラバラにされていないヤツのほうが怪しいだろ!」

 それに対してキャムラは怒鳴り声を上げながら、

「いやでもカモフラージュで自分のもバラバラにしたかもしんねぇじゃん!」

 キャムラの声を上回るかのような声でヒロシが、

「じゃあキャムラも隼輔もイッチンもそうじゃん! 全員怪しいんだよ!」

 何かカオスになってきた……どうしよう、田中先生は依然、先生としての形を成していないほど溶けているし……形を成していない……あれ、何か一瞬、違和を感じるような。

 美代と正太郎と図形の話をしていた時、正方形をよく見たけども、何か変なんだよなぁ。

 バラバラにされたヒロシとキャムラと隼輔くんとイッチンのクッキーの袋は今、机の上に出ている。

 それを見ていると、何だかおかしい。

「あのさっ、ヒロシに、キャムラに、隼輔くん、そしてイッチン、そのバラバラにされたクッキーを形合わせて、元の形にしてくれない?」

 と私が言うと、田中先生はこれだという感じに立ち上がり、慰めていた隼輔くんを吹き飛ばしながら、

「せめて! 形を合わせて正方形を楽しみなさい!」

 と言った。吹き飛ばされて、尻もちをついた隼輔くんは、

「いや先生、正方形はもう楽しみましたから大丈夫ですよっ」

 と言ったが、私は田中先生の言うことを推していった。

「ここは田中先生の言う通り、正方形を作ってあげて。お願い! ちょっと面倒だけども粉々にはなっていないから!」

 そう言うと、隼輔くんは真面目な表情になり、

「……鈴香さん、何か、答えが導けそうなのか?」

「うん、何か、パッと見だけど、何か違うような気がするの」

 と私が答えると、隼輔くんは自分の席に戻りながら、

「鈴香さんがそう言うならば、やらないといけないな……」

 そう言って隼輔くんは席に着いて、バラバラのクッキーを組み合わせ始めた。

 イッチンは私が言ったと同時に組み合わせ始めていて、キャムラはまだ何かイライラしているみたいだ。

 だから、

「キャムラ、バラバラのクッキーを組み合わせて」

「何でそんな面倒なことしねぇとダメなんだよ! オレやんねぇから!」

「オレもやらねぇ! 面倒なんだよ! そんなこと!」

 キャムラとヒロシのその台詞に、今にも泣き出しそうな田中先生。

 弱いなぁ、田中先生。

 でもどうしようと思っていると、正太郎が立ち上がり、

「田中先生を悲しませることは違うと思うぞ。というか、単純に人を悲しませるってダサいと思う。クッキーをもらって喜んだのならば、恩返ししなければならないと思う。こんな簡単に恩返しする方法があるんだ。やらない手は無いだろう」

 そう言われたキャムラは二の句が出ず、黙ってクッキーを組み合わせ始めた。

 でもヒロシはなかなか組み合わせようとしない。

 みんなヒロシのことを見ている。

 ヒロシは棒立ちで止まっている。

 ヒロシは何だか額に汗をかき始めている。

 汗が机に落ちたその時、ヒロシは言った。

「そんな! 全員見るなよ! 分かった! クッキーを組み合わせるからオレのほうを見るな!」

 いやクッキー組み合わせているの四人しかいないんだから、つい見ちゃうだろと思っていると、華絵が叫んだ。

「あっ! イッチンのクッキー! 欠けてる!」

 イッチンは引っ込み思案なので、自分から組み合わせ終えたことは言えなかったみたいだけども、華絵が言ってくれたおかげで私の違和感の正体が分かった。

「そんなはずはない! 私が作ったクッキーは全て宇宙一正方形だったはず!」

 それに対して華絵は力強く、

「でも私から見ても、イッチンのこのクッキーと、このクッキー! 欠けてます!」

「そうだな、ピースが足りないってヤツだ、僕もクッキーが欠けてるよ」

 と隼輔くん。

 どうやら隼輔くんのクッキーも欠けていたらしい。

 そして。

「おい! オレのクッキーも欠けてるぞ! どういうことだよ! 無い! 無いぞ!」

 キャムラも叫んだ。

 じゃあ、

「ねぇ、ヒロシ、アンタのクッキーは欠けている? 欠けていない?」

 全員でヒロシがクッキーを組み合わせるところを見ている。

 あっ。

「「「「「「何か多い!」」」」」」

 近くにいる人全員が叫んだ。

 ヒロシのクッキーは四枚正方形ができて、さらに何個か欠けたクッキーがあるのだ。

「バラバラにすれば、バレないと思った……」

 ヒロシが語り始めた。

 犯人は自分だと。

 また食い意地を張ってしまったと。

 選んだ三人は適当だと。

 ヒロシは田中先生刑事に捕まって、職員室へ行った。

 物悲しい背中が、何か笑いそうになった。

 ちなみに粉々は不味そうなので、バラバラ程度にしたらしい。

 さよなら、ヒロシ。

 帰ってきた時、オマエに居場所があるかどうか分からないけども。

 冷たい木枯らしが吹く教室。

 そんな中、誰かの声がした。

「まあただ食べたいだけって純粋な気持ちだから、そんな悪く言うのも違うけどなっ」

 正太郎が喋り出した。

 そして続ける。

「だってさ、俺たちタダでクッキーもらっただけだよ? 本当はすごいプラスなわけじゃん。それなのに何かお通夜みたいな空気になってるのは違うと思うなぁ。というか悲しいのは田中先生だけじゃん。田中先生が笑顔で戻ってきたら、俺たちがすることって田中先生と同じように笑顔で笑うだけじゃん」

 そこにキャムラが待ったをかける。

「いやでも実際バラバラにされた連中は悲しいぜっ、何でオレたちなんだよ、と思うわっ」

 それに対して正太郎は真剣な瞳で、

「でもさ、ヒロシも適当って言ってたし、そこはもう事故に遭ったんだと思うしかないじゃん」

 しかしキャムラは引かない。

「いやいや違う! オレも隼輔もイッチンもナメられてたんだよ! コイツらなら大丈夫かなって、よぉ!」

 その台詞に悔い気味で正太郎は言い切った。

「だとしたらそうじゃない、頼られていたんだよ」

「頼られて、いたぁ?」

「そう、コイツらならバレても許してもらえるかもしれないって頼られていたんだよ。基本は適当だと思うけども深層心理では頼っていたんだと思うぞ。いつも明るいキャムラに、冷静な隼輔くんに、優しいイッチンを頼っていたんだと思うんだ。だからこっちからしたら、バラバラにされなかった俺、まだまだだなって感じだよ。まあ転校生だから仕方無いけどさ、やっぱりずっと一緒にいる三人のほうが近いんだよ。俺は正直羨ましいと思う」

 そうか、これが、ことば探偵なんだ。

 言葉で丸く収めることが、ことば探偵なんだ。

 私には、無い、才能だ……すごいな……正太郎は。

 みるみるキャムラの怒りが抑えられていく。

 そして隼輔くんも、イッチンも何だか照れている。

 いいな、正太郎っていいなぁ。

「でもまあ一番羨ましいのは鈴香に、だけどな! さすが! さんすう探偵! 俺の完敗だ!」

 そう言って拍手をし始めた正太郎。

 それにつられるようにみんな拍手をし始めて、気付いたらクラス全員拍手をしていた。

 でも違うんだよ。

 本当に拍手をしないといけない相手は。

 私は心の中で正太郎に拍手をした。

 今、正太郎すごいって言っちゃうと、せっかくキャムラを丸く収めたことが台無しになるかもしれないので、私が心の中で正太郎に拍手をした。

 ふと私は何で正太郎が探偵をしているのだろうという疑問を思い出した。

 チヤホヤされたいだけなら、ここでもっと手柄を獲りにいってもいいのに。

 正太郎は何で探偵を、この疑問が妙に自分の中に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る