【噂の噂は何倍?】

・【噂の噂は何倍?】


 ゾッとした。

 これはもう完全にゾッとした。

 あんまり絡んだことも無い同学年の別のクラスの女子の大群から、急にこんなことを言われたからだ。

「噂で聞いたんだけども、鈴香ちゃんと正太郎くんって、実は生き別れた兄妹で、正太郎くんは記憶喪失になっていて本当は一歳上なのに小学生しているって本当?」

 言われる前段階から何か女子の大群がこっちへ向かってコソコソ喋っていて、かなり嫌な大群だなと思って警戒していたのだが、意を決したのか急に大群が私のほうに来た時、心の中で『ひぇぇぇえええ!』と叫んでしまった。

 そしてあの台詞である。

 そんなことあるはずないのに、大群は何だかワクワクドキドキ胸を躍らせ、なんならずっと嬉しそうだ。

 私は内心怯えながら、

「そんなことないじゃん……」

 と先細り気味に言った。

 算数の話をして、得意げに語尾を上げる時とは大違いだ、と自分でも思った。

 それに対して大群は「えー」やら「なんだぁ」やら「やっぱり違うじゃん」とか「違うんかい」とか何だか言いたい放題。

 大群ガチで怖ぇ、これが小学六年生になって思った私のマジ感想だ。

 私はこの恐怖体験を美代に言うと、

「不思議なこともあるもんだね、二度と無いことを願うよ」

 と言ってくれて、なんだか少し安心した。

 胸をなで下ろしていると、口をモグモグさせながら華絵が話し掛けてきた。

「モグモグ、モグモグ、その話だけども……あっ!」

「どうしたのっ、華絵っ?」

「このお菓子、二段階で美味しさが広がる……モグモグ」

「いや! お菓子のことじゃなくて、話の続きを教えてよ! 何かあったでしょ!」

 と強めにツッコむと華絵はあっけらかんと、

「いやでも本当に広がったから」

「美味しさが広がる話はどうでもいいよ! 何故ならそのお菓子をまず知らないから!」

「ミニチョコしゅうまいというお菓子です」

「いやお菓子の説明はこの際いらないんだよ! んで、チョコしゅうまいって! どんなお菓子なんだ!」

 つい私はツッコミに精を出し、華絵は続ける。

「ほぼチョコのシュークリームみたいな印象、モグモグ」

「じゃあシュークリームと名乗ればいいのに、何であえて中華に舵を切ったんだ!」

「それが販売戦略……モグモグ……」

「って! チョコしゅうまいの話がメインになってしまった! 私の話! 私の話!」

 となんとか本筋に戻そうと自分を指差しながら叫ぶと、華絵は訂正するように、

「ミニチョコしゅうまい、ね、モグモグ」

「正式名称はどうでもいいから!」

「まあ正式名称は、あの中華の名店がご乱心? ミニチョコしゅうまい2だけども」

「何だそのサブタイトル! ご乱心の自覚があるのかっ! いやそんなことはどうでもいいんだって!」

 とデカツッコミをかますと、華絵は真面目な表情になり、

「モグモグ」

 ……いや!

「ここでモグモグの単体デビュー! 私の話はどうなったんだ!」

 と言ったところで、美代が私を優しくハグしながら、

「あれは怖かったよね、うんうん、大丈夫、鈴香には私がついているから」

「いや美代のそういうのも有難いけども、今は華絵が言ってた”その話だけども”が気になる!」

 美代は一旦私から離れて、私と美代で華絵を見ると、華絵が、

「モグモグ、その話ね、その話なんか聞いたことあるなぁ、って、モグモグ」

 と言ったので、私はすごく気になって、

「えっ? どこで聞いたのっ? 教えて! 教えて!」

 と私もせがみをすると、華絵が、

「でもまあそれは、モグモグ、うちのクラスの他の女子が『鈴香と正太郎ってまるで兄妹みたい!』ってギャグみたいに言っていたヤツだけども、モグモグ」

 ギャグのように兄妹みたいって言うことはまああるか。

 でもそれがあんな噂になるなんて……どういうことだ、ちょっと考えてみる必要があるな……と、考え始めたその時、ソイツはやって来た。

「おまちどおさま! 正太郎だ!」

 いやいつも待ってはいないのだが、今回に関しては当事者と言えば当事者だからな。

 直接正太郎は大群から聞かれたわけではないが、まあこんなことがあったと教えてやろうと思ったその時だった。

「もしかすると変な噂の話かっ? 俺さっき女子の大群から『鈴香ちゃんと正太郎くんって、実は生き別れた兄妹で、正太郎くんは記憶喪失になっていて本当は一歳上なのに小学生してるって本当?』と聞かれてビックリしたぜ!」

 あっ、もう一字一句全く同じで聞かれてた。

 それにしても、

「何でそんな馬鹿な噂が流れるんだろうね、本当変だと思う!」

 と私が言うと正太郎が、

「それはだなっ!」

 と何か急にイキイキしだした。

 しまった、ここはことば探偵の領分か。

 早速元気よく喋り出した。

「噂というものは、間に人を介す度に、過激なほうへ過激なほうへ、文言が変わりやすいんだ。だからきっと最初は『二人は兄妹みたい』という感想から始まったと思うんだけども、それが人を伝う度に、もっと面白いほうへ、変わっていったんじゃないかな」

「すごい! そういうことかぁっ!」

「モグモグ!」

 美代と華絵から褒められて、照れている正太郎。

 何か悔しいな。

 こっちも早く算数的な話を盛り込んで、この現象を説明しなければ……そうだ! これだ!

「そう言えば、地球から、どこにでもあるような紙を半分に折っていった場合、何回折ればその厚さが月まで到達すると思うぅ?」

 私は当然のように語尾を上げつつ。

 正太郎は相槌を打ちながら、

「まず地球から月までの距離はどんくらいあるんだよ」

「約38万キロメートルだね」

 と私が答えたところで美代が、

「紙の厚さをしっかり教えてよ! そうじゃないと三択クイズはできないよ!」

「いや美代、三択にするつもりは無いけども、まあ紙の厚さは0.08ミリメートルとします」

 すると華絵がピィンと手を挙げながら、

「モグモグ! 1000回でしょ! モグモグ!」

 と言ったので、私は首を横に振りながら、

「正解はたったの43回。43回目には大きく月を上回るの」

 と答えると、正太郎がガッと前のめりになりながら、

「どうしてそうなるんだよ!」

「半分に折るということは二倍になるということ。0.16、0.32、0.64と増えていって、10回折ると8センチメートルくらいになるの」

「いやまだまだ全然じゃん!」

「でも40回折った時には倍々に増えていった結果、8万8000キロメートルになって、で、43回目には、といった感じかな」

 それに対して華絵は口をモグつかせながら、

「……モグモグ、でもそれとこの噂の何が関係あるの? モグモグ」

 と言ったので、私は満を持して答える。

「たった43回で月までの距離になるわけじゃない、じゃあ噂だって43人くらい間に入れば、これくらいぶっ飛んだ噂になるということだよ。この学校の同学年だけで計算しても30人のクラスが4つあるわけじゃん。120人がこの噂に加わればもっと変な噂になるだろうし」

 正太郎は納得したように頷いて、

「確かにそうかもしれないな、たったそれだけの数でそんなに差が生まれるのならば」

「この話も分かりやすい! さすが! さんすう探偵とことば探偵! やっぱり兄妹だ!」

 と美代が大きな声で叫んだところで、私と正太郎が同時に言った。

「「そういうのがダメ!」」

 その光景を見た華絵がモグモグさせながらこう言った。

「モグモグ、まるで双子」

「「そういうのもダメ!」」

 と、ここまで合ったところで私と正太郎は笑ってしまった。

 私が、

「何か息ぴったりになっちゃってダメだね、こりゃ変な噂もできちゃうかも」

 と言うと、正太郎がニヤリと笑いながら、

「まあ噂ができるくらい、ことば探偵とさんすう探偵が全クラスに浸透しているって悪いことじゃないしな」

 と言ったので、私は少しムスッとしながら、

「……さんすう探偵と、ことば探偵ね、私が先だから」

「いやいや勝負はこれからだ、最終的にはことば探偵一色にしてやるから。そう、群青色に!」

「いやことば探偵のイメージカラー群青色だったんか! 全然そういった色の服は着ていないけども!」

 私のそのツッコミに対して正太郎は声が大きくなりつつも、いつもの無表情で、

「さんすう探偵の黄土色には負けない!」

「いや私のイメージカラー、黄土色じゃないから! 着たこと無いから! というか群青色と黄土色の対決ってなんだよ! 普通、紅白とか白黒とか対になるヤツだろ!」

「じゃあ俺が黒を選ぶから、鈴香は好きな色を選んでいいよ」

「黒を選ばれたらもうこっちは白を選ぶしかないだろ! 黒の対は白しかないだろ!」

 とガンガンツッコむと、

「黄土色もある」

「黄土色は無い上に、あったとしても白を選ぶよ!」

 とか言っていると華絵と美代がカットインしてきて、

「モグモグ、やっぱり兄妹」

「だよねぇ、私もそう思う」

 それに私と正太郎はユニゾンしながら、

「「だからそれはダメ!」」

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