【発注した鉛筆】

・【発注した鉛筆】


 田中先生が教室の先生用の机の前で、うんうん唸っている。

 一体どうしたのだろうか。

「ダミだ~~~~~~!」

 ダメが”ダミ”になるくらい困っている! つまり事件のチャンス! チャンスとか言っちゃ本来ダメだけども!

「田中先生、何を困っているんですかぁ!」

 ちょっと嫌な顔をしながら、こっちを見てきた田中先生。

 しまった、少し得意げに語尾を上げながら話し掛けてしまった。

 どうやらその妙な高音が不快に感じたらしい。

 田中先生は溜息をついてから、こう言った。

「これは先生の聖戦なんです。生徒には頼らないと決めたのです」

 妙な”です”口調で対抗してくる田中先生。

 いやでも

「何か困ったことがあれば頼って下さい!」

 と言ったところで、あの声が聞こえた。

「おまちどおさま! ことば探偵の出現だぜ!」

 口をムスッとして不満そうな顔をしている田中先生。

 どんどんやってくる自称探偵に、嫌な顔を隠そうとしない。

「鈴香も正太郎も、子供はグラウンドで犬のように走っていなさい」

 いや、

「生徒に対して犬とかダメですよ、田中先生」

 と私が優しくたしなめると正太郎が、

「わふん! わふん! 雪を食べたいワン!」

「犬もそうではないよ!」

「雪をたっぷり乗せた白米!」

「すぐ溶けて水になるよ!」

 いつも通りボケ・ツッコミをしていると田中先生が頭を抱えながら、

「私も! 楽しくボケ・ツッコミしたい!」

 と叫んで、今にも泣き出しそうな面持ちになった。

 いやそれなら、と、私は胸を叩きながら、

「私を頼って下さい! さんすう探偵は何でもやります!」

 それに乗じて正太郎も同じアクションをしながら、

「ことば探偵も何でもやる!」

 と頼もしそうに言うと、田中先生は眉毛を八の字にしながら、

「でもなぁー! 鈴香や正太郎に頼ってばっかじゃ大人の名が廃るというかさぁ!」

 と言ったところで正太郎が即、ハッキリとこう言った。

「毎日俺たちは田中先生のこと頼っているじゃないですか! 日々の授業にはいつも感謝しています! というかそうですね、そういう当たり前のことを当たり前と思ってお礼を述べないのはおかしいですよね、毎日ありがとうございます!」

 さすが、ことば探偵。

 こうやって言葉で乗せる気だ。

 それなら私も。

「私たちは毎日田中先生のことを頼っているんです! だからたまには田中先生に恩返しさせて下さい!」

 みるみる田中先生は自尊心が満たされていくような顔に変わっていった。

 目元は優しくなり、口角は上がり、頬は何だかポカポカ温かそうだ。

「ありがとう、鈴香、正太郎……そうだな! ここは二人に恩返ししてもらおうかな!」

 私と正太郎は顔を一瞬見合わせて、二人でウィンク。

 うまくいった合図をそれぞれ送る。

 何か以心伝心できていて、いいなぁ、この感じ。

 さてさて、ここからが本題だ。

 田中先生が悩んでいたこととは果たして。

「実はな……発注した鉛筆の量が多いんだよ……少ないなら、どっかに落としたかなで済むんだけども、何か多いんだよね……」

 少ない場合も”どっかに落としたかな”で済まないだろ、と思いつつも、多いって確かに不思議。

 正太郎は小首を傾げながら、

「発注表みたいなのはあるんですか?」

 と聞くと、田中先生が紙を取りだしながら、

「実際のそれじゃないけども、メモはある」

 と言って見せてくれた。

 そこには1グロスと書いてあった。

 田中先生は続ける。

「120本のはずなのにさ、24本多いんだよ。これじゃ余った鉛筆で鳥居を作っちゃうよ」

 いや鳥居は絶対に作らないでしょ、えっと、それなら……と言おうとしたところで正太郎が、

「鳥居作るなら一応神主呼ばないとダメだと思います」

「いや! マジで魂を込めるとかどうでもいいんだよ!」

「神様も呼んでおくか」

「いや呼べるのかよ! 呼べたらすごいぞ! おい!」

 そんなやり取りを見た田中先生はカッと目を見開き、こう叫んだ。

「神様呼べるなら縁結びの話をしてくれぇえええええええええ!」

 いや!

「田中先生もボケ・ツッコミに入ってこないで下さい!」

「なんだと! 仲間外れとか良くないからな!」

「いや田中先生! そんな気分じゃないみたいな感じだったじゃないですか!」

 すると田中先生は頭を手で押さえながら、

「忘れてたぁぁぁああああああああああ!」

「いや! 忘れるようなことじゃない! まさに今がそのターンなのに!」

「いやでもどうすればいいんだ……」

 と今にも泣き出しそうな瞳でぶるぶる震えている田中先生。

 いやでも、正直これ……と言おうとしたところで、また正太郎が、

「鳥居よりも賽銭箱を作って、お金を手に入れたい」

「発想がゲスだよ! というか! 私の話を聞いて!」

 正太郎も田中先生もこっちのほうを見た。やっと見た。

 というわけで、やっと言える。

「合ってますよ、本数」

 正太郎は愕然としている。田中先生も開いた口が塞がらない。

 その塞がらないついでに、喋りだした。

「いやいや! 1ダースが12本! そしてこの1グロスは120本でしょ!」

「違います、田中先生。1グロスは12ダースです」

「いやだからぁぁあああ!」

「ですから! 12ダースは12×12なんだから144です! 120本より24本多いです! 合ってます!」

 沈黙。

 そして再び田中先生が頭を抱えだし、

「凡ミスだぁ……」

 と、うなだれた。

 正太郎は優しく田中先生の背中を叩きながら、

「そんな日もありますよ、疲れているんですよ、田中先生は……」

 でもまあこの間違いは恥ずかしいなぁ、グロスがあんまり聞き慣れない単位だとしても。

 机に突っ伏した田中先生がポツリと呟いた。

「ちょっとだけ一人にさせて……」

 私と正太郎は静かに教室から出て行った。

 本当はちょうど二人っきりになったし、探偵を何故やっているかの理由も聞きたかったけど、今日は何かそのままふわっと別れたほうがいいと思って、正太郎には話しかけなかった。私はお手洗いに行った。

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