【疑惑のグラム】
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・【疑惑のグラム】
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最近、私はお気に入りのパン屋さんがある。
デカパン屋という、デカいパンを売っている、嘘みたいな店名のパン屋さんだ。
そのデカパン屋の目玉商品が500グラムパンという、500グラムのパンだ。
もうさっきからそのまますぎて若干ヒイちゃうんだけども、本当にそういう店なのだから、仕方ない。
この500グラムパンをみんなに知ってほしくて、私は度々この話をしていたのだが、今日は、とある疑惑について、私は語り出した。
「美代、500グラムパンの話なんだけども」
「また布教活動? 私もたまに買いに行っているから大丈夫だって!」
「そうじゃないの……」
と言ったところで、いつも通りの、この感じだ。
「おまちどおさま! 俺も最近買ってるぜ! 確かに旨いな! あそこの500グラムパン!」
正太郎だ。
いやでも、
「正直正太郎、もうすごい近くに立っていたじゃん。もう普通に会話に入って良い距離だったよ」
「でも一回これ挟まないと勢いが出ないだろ」
「勢いなんて出なくていいんだよ、それよりもとある疑惑があるんだよ」
と私が神妙な語り口でスタートすると、
「疑惑? 俺はそんな怪しい粉が入っているとは思わないけどな」
「そういう疑惑じゃなくて! 何だよ怪しい粉って! 小学六年生の話じゃないだろ!」
「クミンのことな」
「カレーに入っているスパイスのことっ? いやクミンなら入っていてもいいわ! じゃなくて!」
私は少し強めに机を叩いた。
その動作に美代も正太郎も少し驚いたらしく、二人は静かに私の周りの席に座った。
美代はおそるおそるこんなことを口にした。
「もしかすると、コリアンダー?」
私はちょっと声を荒らげながら、
「だからスパイスじゃないよ! いいんだよ! スパイスなら入っていていいし、そういう疑惑じゃないんだよ! グラムが怪しいという話!」
私がそう言うと正太郎がアゴに手を当てながら、
「グラムって確かに、よくよく考えると分かりづらい単位だよな、新しい単位を考えるべきだよな」
「いやそっちのほうが分からなくなる! グラムはグラムでいいんだけども、500グラムパンが本当に500グラムなのか怪しいという話をしようと思っているの!」
美代は目を見開いて、驚きながら、
「そんな! こと! 考えたこと無かった!」
正太郎は小首を傾げながら、
「いやでも多少バラつきはあるんじゃないか? 500グラムきっちりに売っているようにも元々思えないし、言葉って結構そのあたり雑なこともあるじゃん」
私は続ける。
「確かにそうなんだけども、それなら大体500グラムが頂点になるグラフになるはずなの」
そう言いながら私は机の中から500グラムパンに関してのグラフを取りだした。勿論自作だ。
それを見た美代と正太郎は、それぞれ、
「450グラム前後のパンを購入したことが一番多くなってるね……このグラフだと……」
「というか買ったパンのグラムを量って、いちいち記録しているってすごいな……んで、確かに450グラムが頂点になって、そしてまあ500グラムの日もあれば、400グラムの日もあるって感じかっ」
私は頷きながら答える。
「そうなんだ。つまりデカパン屋は500グラムパンを450グラムを目安にして売っている疑惑があるんだ」
私の中ではすごい不正を見つけたというテンションなんだけども、美代は何か熱意が薄くて、
「でも正直今の状態でも食べきれないことあるし、それはそれでいいけども」
正太郎もそんな感じで、
「400グラムでもお得はお得なんだから、別にいいんじゃないか?」
う~、何か違う……もっと不正を断罪するべきなんじゃないかなぁ……いいや、ちゃんとそう言おう。
「だから私は不正はしちゃダメだと訴えかけようと思うんだ」
それに美代は感心しながら、
「さすが、さんすう探偵、やる気だね、次の相手は大人か……頑張って!」
と言ってくれたんだけども、正太郎は全然そういう感じじゃなくて、むしろ、というか、少し戸惑いながら、
「いや別にそんなことはしなくていいんじゃないのかなぁ。400グラムでも十分得だし、基本は450グラムあるわけだからなぁ」
正太郎、ちょっとヘタレかもしれないな。
マイナスポイント!
と心の中で叫んだところで、私はこの話を一旦止めて、その日のデカパン屋の話はそれで終わった。
それから一週間くらい経ったある日、また私はデカパン屋の話を二人にした。
これはどうしてもしたくて、私はすぐに二人を集めて、話を始めた。
正太郎は言う。
「おまちどおさま、を、言う機会を奪うなよ」
「そんなんどうでもいいだろ! それよりも私のデカパン屋の話だ!」
「いやしかもデカパン屋の話、それはそれでもういいよ。大丈夫、普通に俺もたまに買いに行っているから」
「そういうことじゃないの! とにかく話を聞いて!」
私は二人を近くの席に座ることを促して、喋りだした。
「450グラムのことを指摘したらさ、確かに500グラムのパンを買えるようになったんだけども」
それに対して美代はパァっと顔が明るくなって、
「良かったじゃん! 鈴香の気持ちが伝わったんだ!」
立っていたら小躍りするくらいのテンションで可愛いんだけども、そうじゃないんだ。
「あれ以降、私はデカパン屋に行くと『ハイ、お嬢ちゃん』と言いながら、向こうから500グラムパンを渡してくれるようになったんだ」
正太郎は頷きながら、
「めちゃくちゃ覚えられてるじゃん」
と言った。
確かにその通りで、その通りすぎて、もしかしたら今の状況になってしまったのかもしれない。
「私はあれ以降もずっとグラムを量っていたんだけども、何故か500グラム以上しかないんだよ」
美代はなおさら楽しそうに、
「じゃあ良かったじゃん! 運良いね!」
と言ってくれたんだけども、正太郎は逆に表情が曇った。
どうやら正太郎は分かっているらしい。
私は続ける。
「つまり、私にだけ500グラム以上のパンを渡しているみたいなんだ……」
その言葉に美代は硬直した。
正太郎はやっぱり動揺せず、そのまま頷き、こう言い放った。
「でもそれはお店側のご厚意だ。それを指摘する必要は無い」
いやでも、
「そういうのって、もはやさ、私が不正しているみたいな話じゃん。やっぱりハッキリ言おうと思うんだ」
しかし正太郎は全く譲らず、真剣に、
「いやそのまま受け取っていればいい。そんないちいち言うことは辞めるべきだ」
「何で? 悪いことをしていたら正すべきじゃん! 探偵を名乗るならそういう勧善懲悪をしっかりやっていくべきだと思う!」
「違うんだよ、鈴香。デカンパン屋は悪じゃないんだよ。その500グラムパンだってサービスみたいなもんじゃないか」
「いや! 悪だよ! 500グラムと言って450グラムで売って! それをごまかすために私にだけは500グラム以上のパンで! 私は悪の片棒を担がせられているんだよ!」
何か違う……正太郎がこんなに反対するとは思わなかった……ちょっと嫌いかも……。
美代は私と正太郎の険悪な雰囲気にあてられてアワアワしているけども、それよりも今は、私は正太郎に対してだ。
「私はさんすう探偵としての誇りがある。だから間違ったことは絶対に正す」
「絶対じゃなくて、たまには例外があってもいい。それにじゃあその500グラムパンを買わなきゃいいだろ」
「いや! 何で欲しいモノを我慢しないといけないの! 買うは買うよ!」
「それなら500グラム以上のパンを甘んじて受け入れるべきだ。言うことは我慢するべきだ、だって・・・」
と何か言い出しそうになった正太郎を遮って私は叫んだ。
「もういいよ! 正太郎なんて大嫌い! あと探偵も名乗るな!」
そう言って立ち上がって、私は廊下へ出て行った。
そのあとを美代は追って来てくれて、そのあと、ちょっとだけ、いや結構私は正太郎の陰口を叩いたと思う。
何なんだ、正太郎って。
何がことば探偵だ。
私を嫌な気持ちにさせやがって。
放課後、私はすぐさまランドセルを整えて、走って学校を出た。
そして向かうは勿論デカパン屋。
デカパン屋で500グラムパンの話をするんだ。
というかそもそも、このデカパン屋が全ての元凶だ。
このデカパン屋をコテンパンにしてやるんだから!
「こんにちは!」
「おや、いつものお嬢ちゃん、こんにちは。今日も勿論500グラムパンはあるよぉ」
そう言いながら、私に500グラムパンを渡そうとしてきたので、私はその手を振り払った。
そのあくどい手には乗らないんだから!
私はランドセルの中から、500グラム以上しかないグラフを取り出し、お店の人に見せつけ、
「私にだけ500グラム以上のパンを渡していたでしょ! 本当は450グラムパンなのに! こういう不正はダメだと思う!」
お店の人は明らかに困惑しているし、店内にいたお客さんも何だかキョロキョロしている。
でもこれでいい、私は不正を叩きつける!
そして奥から店主が現れて、私にその場でしっかりと頭を下げて謝罪した。
これでいい! これでいい! これで私の心の中は晴れ晴れなんだから!
あと今度正太郎に謝罪させて全部完了だ!
――と、なると思ったんだけどな。
次の日の早朝、美代から言われた言葉に驚愕した。
さらにそのあと、美代に公式ホームページを調べてもらったら、本当にそうだということが分かった。
「500グラムパン……販売停止……」
どうやら美代が、私があの騒動を起こしたあとにデカパン屋に行ったら、もう500グラムパンの販売を停止していたらしい。
さらに今、美代のスマホで“500グラムパン“で検索をかけて、SNSを見ていたら販売停止を悲しむ声が流れていた。
えっ、まさか……私のせい……? そんな、でも、でも、私は不正を正しただけなのに……と、思っていると、後ろから声がした。
「あんまり待ってないかもしれないけど、うん、正太郎だ」
正太郎が現れて、隣の席に座った。
何か喋るタイミングを見計らっている正太郎に気付き、私は、
「いいよ、何か言いたいことがあるんでしょ、言ってよ」
「じゃあ……あのさ、あのあと言おうとしたことはまさにこのことで、あんまりお店を追い詰めたら無くなってしまうと思ったよ」
「……そうだったんだ……」
私は机に突っ伏した。
そんな私の肩を誰かが優しく叩いたと思ったら、すぐに喋りだしたのが正太郎だったので、多分正太郎なんだろうな。
「でも正しいのは鈴香だよ。それは間違いない。だから落ち込まないでほしい」
その言葉に、何だかちょっとだけ救われたような気がした。
そっか、私が正しかったんだ、それならいいや、正太郎がそう言ってくれるならそれだけでもういいや。
というか、正太郎にそう言ってもらえたことがなんだか嬉しい。
やっぱり正太郎に言われると、何故か美代に言われるよりも心が躍るんだ、どうしてなんだろう。
そんな自分の心に意地悪したくて、ふと口から出た言葉。
「何で落ち込まないでほしいの?」
すると正太郎はこう言った。
「鈴香の悲しんでいる顔を見たくないから」
そっか、そっか、何かよく分からないけども、気持ちが良い。
さっきまでこんなに落ち込んでいたのに、何だか顔がニヤケてしまって仕方ないんだ。
でも急にニヤケ出したら気持ち悪いので、私はこのまま机に突っ伏したまま、顔を隠した。
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