【メビウスの輪】
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・【メビウスの輪】
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「メビウスの輪って知ってるぅ?」
初っ端から語尾が上がってしまったが、それはもうしょうがない。
そんな私の話に、全力で乗ってくれるのが親友の美代だ。
「知らない知らない! 何か面白そう! 教えて教えて!」
そんなに囃し立てないでよ、と、思いながら自分の自己顕示欲と自尊心が満ちていくことがしっかり分かる。
これはもう美代にドヤ祭りだな、と思っていると、いつもの声が聞こえてきた。
「おまちどおさま!」
いや待って……る? 無い? いや!
「待ってないわ!」
この強めのツッコミに小さな拍手をする美代。
いや漫才みたいなやり取りのファンか! ファンならまた自尊心が満たされるな!
とか思っていると、美代が、
「ホント正太郎くんと鈴香のやり取り、好きだから、楽しみー」
と言ったので『ファンじゃん!』と思って、一気に自尊心がマックスになった。
じゃあまあちょっとやり取りしてあげましょうかね、と思っていると、正太郎が、
「メビウスの輪って何だ?」
と普通にそう言ったので、
「いやボケろよ!」
それに対して正太郎は真顔で、
「求められるとハードルが上がるからここは真面目にいくことにした」
「いやちょっとハードル上がったくらいでビビるなよ!」
「美代には正直一旦ハケてほしい」
「ハケてほしいってなんだよ! オマエが後から来たのに!」
と言ったところで美代が手で顔を隠し、
「いない、いない、いない、いない」
と言い出したので、私はその手を払いながら、
「そんな”いないいないばぁ”みたいなことをされても!」
すると正太郎は、
「一旦ハケてくれてありがとう、これで俺はいつも通りの自分を発揮できる」
私は首を横にブンブン振りながら、
「いや全然一旦ハケてはいなかったけどもねっ!」
でも正太郎と美代は何か通じ合っているみたいに微笑み合って、バカだと思った。
まあそんなことはいいとして、みたいな感じで正太郎が喋りだした。
「というわけで、メビウスの輪って何?」
いや!
「だから普通に言うな!」
「自分を発揮できるってさっき自分で言ったけども、その台詞で何かハードル上がっちゃったんじゃないかなと思って怖くなっちゃった」
「自分で言っておいてっ? 別にハードルとかそんなもんは無いよ! 自分らしく生きていけよ!」
とツッコむと、美代が拍手をしながら、
「鈴香! 今のカッコイイ! まさか鈴香はことば探偵ではっ?」
いやことば探偵ではないけども、まあそうなれば私の完全勝利かなと思っていると、正太郎が慌てながらこう言った。
「最初からやらせてくれ! 絶対やれるから!」
と言ってその場を去っていった。
ちゃんと描写すると、私たちのいる教室から廊下のほうへ行った。
いや何か知らんけども、そこまでやったら完全にハードルが上がるだろと思っていると、美代が、
「じゃあ鈴香、最初から、最初の会話からスタートしてみよう」
と言ったので、まあそうするかと思いながら、
「メビウスの輪って知ってる?」
「いや鈴香、もっと調子乗ったような語尾だったよ、さっき」
「いやそこに触れないでよ! というかその再現性は別にいいじゃない!」
「いやいや、鈴香の語尾上がる感じも全てそのままで行かなきゃ」
絶対そんなことする必要無い上に、語尾のことしっかりイジられるのこんなに恥ずかしいんだと思いつつ、私は仕方なく、完全再現と洒落込んだ。
「メビウスの輪って知ってるぅ?」
めちゃくちゃ恥ずかしいなぁ、火照りまくりだなぁ、と思いながら言い切ると、正太郎がやって来て、
「おまちどおさま!」
どんな表情して改めてやって来るのかなと思っていたので、顔を見てみると、なんと正太郎はペンで鼻の下に八本の線を書いていた。
私は何か逆にちょっと怒りながら、
「ヒゲ書いてくんなよ! そういうのじゃなかったじゃん! 正太郎のボケって!」
「何が正解か分からなくなりました。でもこれはヒゲじゃないぜ」
そう言ってニヤリと笑った正太郎。
いやまあ何でもいいんだけども、一応聞いてみた。
「じゃあヒゲじゃなくて何なの?」
すると正太郎はいつもの無表情でこう言った。
「八本あるだろ、これはタコの足だ」
「何でタコの足が鼻の下に出現しているんだよ」
「鼻をタコの頭に見立てています」
「全然タコみたいな形していないけどな」
そんなやり取りを腕組んで見ているのが美代だった。
美代は少し難しそうな顔をしながら、こう言った。
「言葉でボケほしかった。ことば探偵だから」
しっかりとした正論だなと思いながら私も頷くと、正太郎は明らかにうろたえて、後ずさりをした。
そしてまた廊下のほうへ走り出そうとしたので、私は肩を掴んで止めた。
「もういい! メビウスの輪の話をします!」
「いや待て! 水飲み場でこのヒゲを洗ってくる!」
「じゃあいいけども、タコの足じゃないんかい! ヒゲって言うな!」
「どっちも! どっちも!」
そう言いながら、正太郎は水飲み場に走っていった。
まあ今が昼休みで良かったけども。
まだまだ時間があるからメビウスの輪の話はいくらでもできる。
ちょっとした空いた時間、私と美代が他愛も無い話をしていると、
「おまちどおさま!」
サッパリした表情の正太郎が戻ってきた。
「いやもう今回に関してはマジで待ったよ、でもさ、何で顔全体がサッパリしてんの?」
「変な汗もかいていたし、思い切って全体を洗ってきたよ」
「変な汗をかくな、そんなことで」
というわけで私は早速メビウスの輪の説明に入った。
ちなみに私は今日の昼休みにこの話をただただする気満々だったので、事前に細長い、輪っかを作れそうな紙を仕込んでいた。
なので、机の中から輪っかをつくれそうな細長い紙を取り出して説明を始めた。
「普通に輪っかを作ると、こうやって裏表のある輪っかが作れるよね。内側と外側というか」
輪っかを作った状態で内側と外側をそれぞれなぞって、分かれていることを確認させる。
美代と正太郎は頷きながら、それぞれ、
「うん、そりゃそうでしょ、内側と外側はあるもんだからね」
「何当たり前のことを、当たり前のー、当ーたりー前ーの……ゴメン、何も浮かばない」
いや!
「ここまできたらもう普通に頷くだけでいい! 無理してボケようとするな!」
「今日は調子が悪い、もしかしたら進化する日かもしれない」
「いや何で調子悪い時に進化するんだよ! 調子悪い日はひっそりとしてろよ!」
「いやもう悪いほうに進化するかもしれない、どんより正太郎に変化するかもしれない」
そう言って肩をこれでもか、というくらいに落とした正太郎。
いやいや、
「そんなアクションする元気あるなら大丈夫だよ、そんな曇天模様みたいな進化は人間しないから。説明続けるよ」
私はコホンと一息ついてから、
「でもこうやって、紙を一旦ねじってから輪っかを作ると、なんと裏表の無い、内側と外側の無い輪っかができるの。それがメビウスの輪というヤツ!」
また輪っかを作って指でなぞって証明する。
きちんと裏表が繋がった、側の無い輪っかの完成だ。
それに美代はピョンピョン飛び跳ねながら、
「すごい! すごい! 本当に境界が無い! すごい!」
正太郎は口が開いたまま、呆然としている。
どうやら二人とも驚かすことに成功したらしい。
動と静の驚かせができた。
美代は嬉しそうにしながら、
「こうやって裏表が無いって何かいいよね! 人間関係とかも!」
急に深いこと言い出したなと思いつつ、美代がそう言ったことであることが浮かんだので、そのことを正太郎に聞いてみることにした。
「ねぇ、正太郎って何でボケる時、無表情なの?」
すると正太郎は急にきた質問にハッとしてから、こう言った。
「これは秘密なんだが、無表情のほうが面白くなるからだ」
妙に自慢げな正太郎に、私は少し呆れながら、
「何そのテクニック。ことば探偵じゃなくて演技探偵じゃん」
と言うと、正太郎はニッコリと微笑みながら、
「でも俺は何か鈴香の前では演技したくないな、正直な自分を見せたいんだ」
と言って何かちょっとドキッとした。
いやいやそれよりも、私の一瞬の変化よりもさ、
「じゃあボケないの?」
「まあそれはそれとして! ボケるはボケる!」
という力強い宣言を聞かされてしまった。
いやまあ別にいいけどね、私もある程度は楽しいし、美代みたいに楽しんでいる人もいるみたいだし。
でも、と思って、もうちょっと裏表のことでツッコむことにした。
「正太郎が探偵をやっている理由、チヤホヤされたいって嘘でしょ? そこも裏表ナシに教えてほしいんだけども」
すると正太郎はまた『うっ』と詰まった顔をしてから、
「じゃあ本当のこと言うよ……しつこいな、鈴香は……」
と言うと美代も頷きながら、
「確かにしつこいかも! そのネタ!」
ネタて、と思いながらも、甘んじて受け入れていると正太郎が口を開いた。
「チヤホヤされたいが表、裏のマジの理由は……めちゃくちゃチヤホヤされたいからだ!」
と言った瞬間に美代がめっちゃウケて、もうそれ以上聞く空気じゃなくなってしまった。
美代に邪魔された、と同時に、美代ってめっちゃベタなボケが好きなんだな、と思った。
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