【確率問題】
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・【確率問題】
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いつもの教室、いつものクラスメイト、いつもの光景、いつもの香り、お菓子の香り、華絵が登校してきたんだ。
でもその日はいつもと違って、隼輔くんが私に話し掛けてきた。
まだ正太郎は学校に来ていない……って、何で私は隼輔くんが話し掛けてきたタイミングで正太郎を探したんだろうか。
隼輔くんはさわやかな笑顔で、こう言った。
「おはよう、鈴香さん」
「うん、おはよう」
何だ、何か事件の依頼かなと思ったら普通の挨拶だった。
隼輔くんは続ける。
「鈴香さんっていつもこんなに早く学校に来るんだね」
「うん、まあ何か事件があったらすぐ解決したいし」
「鈴香さんは一生懸命打ち込めることがあっていいね、羨ましいよ」
いやでも、と、私は思っていることを普通に言うことにした。
「隼輔くんはサッカーのクラブチームに所属しているんでしょ? 隼輔くんだってあるじゃん、そういうの」
と普通に知っていたことを言うと、隼輔くんは何だかすごく嬉しそうにこう言った。
「知っていてくれたんだ! ありがとう! 鈴香さん!」
その屈託の無いニコニコ顔に、何かちょっとドキッとしてしまった。
いや別に知っていただけなんだけどもな……と思いつつも、少し照れてしまって、俯くと、
「ん? どうしたの鈴香さん、鈴香さんの優しい顔を見せ……いや! 何でもない! 何でもない!」
そう言って慌てた隼輔くん。
えっ、今なんか隼輔くん変なこと言わなかった?
優しい顔って、いや別に私は普通の顔だし、見せ……って見せてってこと? いや何で急に顔の話なんて、と思って私も何か焦っていると、横からめちゃくちゃデカい声が聞こえてきた。
「おまちどおさま! 正太郎だよ!」
私は耳を抑えながら、
「いやうるさっ、何も待っていないし」
とか思いつつも、何だか少しホッとしてしまった自分がいて、そんな自分にちょっと驚いた。
いや別に隼輔くんが嫌とかじゃないんだけども、それ以上に正太郎が好き……? いや、そういうことじゃないだろう。
何か多分、ボケたりツッコんだりそろそろしたかった頃に違いない。
正太郎は私と隼輔くんの間に割って入って、こう言った。
「おまちどおさま、ピザです」
私は間髪入れずにツッコむ。
「いやピザなんて持ってないだろ」
「手のひらにチーズ乗せました」
「いや乗ってないし、乗ってたら乗ってたで嫌だよ、それは食さないよ」
と言ったところで、隼輔くんが少しムスッとしながら、
「今僕が鈴香さんと会話していたんだけども」
それに対して正太郎は、
「でもまあ俺も鈴香と会話したいしな」
と言い返したところで、周りにいた女子が騒いだ。
「えっ! 何! 隼輔くんと正太郎くんで鈴香ちゃんを奪い合ってるのっ?」
奪い合っている……何だその財宝みたいな感覚、私は全然財宝じゃないし、とか思っていると、華絵がズンズンと私に近付いてきて、さらにその勢いのまま私の腕を掴んで、引っ張り出したので、
「どうしたのっ! 華絵!」
と慌てると、華絵が少し大きな声で、
「ちょっとお手洗いに付き合って! モグー!」
と言ったので、私は正太郎と隼輔くんに一礼してから、華絵についていった。
それにしてもモグモグしながらお手洗いって、何か嫌じゃないかなとか思っていると、華絵が人気のいないところでこう言った。
「何か嫌じゃなかった?」
「……いやまあモグモグしながらお手洗いで用を足すって、私は嫌だな」
「いや私の食しながらのお手洗いはどうでも良くて、何か女子から奪い合っているとか言われて嫌じゃなかった?」
嫌かどうか聞かれているのか。
う~ん、えっと、
「正直なところ、よく分かんなかった」
と答えると、華絵は頭を悩ましながら、こう言った。
「鈍感、鈴香は鈍感だよ」
あっ、今、モグモグしていない。
華絵がモグモグしていない日って久々だなと思いつつ、私は答えた。
「いや何が鈍感なの? さんすう探偵は、というか探偵は鋭さが基本なんだよ」
華絵は深い溜息をついてから、
「全然鈍感、というか探偵としてじゃなくて、女子としてね」
女子として?
あっ、華絵って結構男女差別するほうなの? と思いながら私は、
「女子とか関係無いじゃん、えっ? どういう意味?」
と言うと、華絵は少し喉の調子を整えるような咳をしてから、こう言った。
「今ね、鈴香はイケメンと付き合える確率がグングン高まっているんだよっ」
「イケメンと、付き合える、確率……? ゴメン、確率以外分かんない」
私がそう答えると、困った眉毛をした華絵。
いやでも実際、イケメンと付き合えるって何?
全然私はイケメンと付き合いたくないし。
イケメンもマジで普通だし、付き合うとかに関して言えば全くの意味不明。どうしようもない。
だから、
「正直イケメンも付き合うとかも全然興味無いよ、確率の話だけで二時間しようか」
「いやこの際、確率はどうでもいいの!」
「確率がどうでもいいとか無いでしょ、華絵、確率の面白い話をしてよ」
「じゃあ言うね!」
そう言ってキッと真剣そうな瞳になった華絵。
何か悪口言われるのかなとか思って、戦々恐々していると、
「鈴香、ハッキリ言って隼輔くんも正太郎くんも鈴香のこと好きだよ」
「まあ友達としてはね、そのくらいの信頼関係築けていると思います。私、さんすう探偵なんでっ」
最後の部分でイキってみたが、何かリアクションがおかしい。
そうじゃない感が強い表情をしている華絵は、やれやれといったようなアクションをしてからこう言った。
「異性として好き、という意味だよ!」
「何それ、何か変わるの?」
私がそう言った時、なんとなく華絵のバックに宇宙の絵が見えた。
驚愕というか、もはや真理を悟ったような、何かすごい顔してる。あと若干白目だ。
華絵はブルブル震えながら、
「確かに……何か変わるのと言われれば、別に、何か……説明できない……いやでも!」
と言って少し沈黙。
徐々に顔が真っ赤になる華絵。
ビッグバンでも起きたのかなとか思っていると、華絵はやけに鼻息を荒々しくしながら、
「キ、キスしたり、とか……」
キス?
あぁ、あれね、
「あの何か汚いヤツね、汚い至近距離ね、知ってる知ってる」
「何も分かってない!」
間髪入れず、そう叫んだ華絵。
いやでも汚いだろ、人の口なんて。
自分の持っている細菌と他人の持っている細菌って違うから、あんまり他人には近付きすぎないようにしないとダメなんだよ。
全く、さんすう探偵は科学少女であることを知らないか、理数系って言葉知らないか、全くもう、と、心の中で溜息。
でも何だろう、見下しているのは私のほうなのに、華絵はもっと堂々と私のことを見下しているような表情をしている。何でだ?
学級委員だから気が大きいのか?
「鈴香ってさ、お子ちゃまだよね」
「えっ?」
つい生返事してしまった。
何故ならさんすう探偵をしているほどに知能指数が高い大人を捕まえて、お子ちゃまと言い放ったからだ。
でも大丈夫、こういう時は大丈夫なのだ。
私は正太郎から学んでいるのだ。
言い合いになっても何も産まない、だから、
「いやそんなお菓子ばかり食べる華絵のほうがお子ちゃまでしょ! もう! ボケないでよ!」
そう、ツッコミに変換して、笑いに変換する会話術。
ありがとう正太郎。
しかし華絵はまた何か嫌な顔をして、
「ボケてるのは、そっちでしょ……」
と、何かちょっとヒイてるくらいだった。
いやまあとにかく、
「確率の話をしようか」
私が話を変える感じでそう言うと、華絵は歪んだ表情を保ちつつ、喋りだした。
「隼輔くんと正太郎くんの両イケメンから好き好き表現されて、イケメンと付き合える確率が2倍になってんの。むしろ1分の2。200%になってるって言ってんの」
200%だとっ?
イケメンと付き合えるとかは良く分かんないし、興味も無いけども、200%という数字はかなり魅力的だな!
そんなんもうRPGの最後で手に入る剣じゃん! というか裏エリアで手に入る剣じゃん! すげぇ!
「200%なんて現実で無いくらいのヤツじゃん!」
「そうだよ! 無いの! 鈴香! それくらいチャンスなんだって!」
「いやチャンスとかは分からないけども、200%という数字がすごいことは分かったよ」
「それ数字としてのすごさだけでしょ! 事象は! 事柄のほうはっ!」
事柄のほうは一切興味沸かないな、だって関係無いことだし。
だから、
「事柄はどうでもいいや、200%という数字だけ抱いて安眠するよ」
と言ったその時だった。
急に華絵は微笑みだした。
何だろう、でもすごく嬉しそうだ、それなら良かったと思っていると、
「じゃあ、鈴香は正太郎くんに興味無いんだねっ」
「えっ? どういうこと?」
「あぁー、まあ言っちゃうかぁ……私ね、正太郎くんのこと好きなんだっ」
そう言ってニッコリした華絵。
その瞬間、何か心臓に針が刺さったような痛みを感じた。
何か、まるで、とられちゃうような。
いやいや元々私のモノでも無いのに、とられちゃうというような感覚。
多分、きっと、私はそんな感じが表情に出ていたんだと思う。
華絵が、
「ちょっと鈴香、顔を上げてよ。それにそんな顔しないでっ」
と言った時に、私は自分が俯いていたことに気付いた。
というか、
「えっ、どんな顔?」
とおそるおそる私が言うと、華絵は少し切ない表情をしながら、深い深い溜息をついてから、
「やっぱりそうじゃん、うん、いいんだ、分かっていたから、正太郎くんの想いを優先しようと、実は決めていたんだっ」
「えっ、いやだから、私、どんな顔?」
「今の私みたいな顔かな」
華絵は眉毛を下げて、瞳は少し潤んでいて、でも口元は優しい雰囲気で、どこか慈しみに満ちた顔だった。
「何で私、華絵みたいな顔をしているの?」
「それは……鈴香が正太郎くんのこと、好きだからだよ」
「私が、正太郎を……?」
よく点と点が繋がって線になった、って言うけども、今の私は、急に点が光り出したような感覚。
まるで星空のように、点が煌めいている。
あぁ、そうかぁ、これが好きってことなのかなぁ、あぁ、なるほどね……いや、
「まだ良く分からん」
華絵はプッと吹き出して笑ってから、
「でもそれが鈴香らしいと思うよ、ゆっくり考えていけばいいんじゃないかなぁ……でも!」
急に体を前のめりにしてきた華絵が言った。
「隼輔くんになびいたらそれはそれでいいよ!」
「いやもうそれはもっと良く分からんよ、言っていることが」
「まあ私としては鈴香が隼輔くんとくっついてくれたらいいんだけどねぇ!」
そう言ってケラケラ笑った華絵。
モグモグしていないことは本当久々だな、と思ったと同時に思ったこと、それは、
「というか正太郎が私のこと好きって本当?」
「いや急に核心の話キタ!」
めちゃくちゃビックリして、ちょっと飛び跳ねたくらいの華絵。
華絵は耳のあたりをポリポリ掻きながら、
「まあ……いやでも、すごい仲の良い友達と思ってるかも……男子は分かんないからなぁ……芯の部分は……」
と言った時、私はある違和感を抱いた。
それをハッキリと聞いてみることにした。
「じゃあ何で隼輔くんは私のことが好きだと華絵は思うの? そこも男子だから分かんないんじゃないの?」
「あぁ、そこは大丈夫、隼輔くんは小四の時から女子と付き合ったりしているから、付き合うという感情を既に持っている人って知ってるから」
いやサラリと言ったけども、何か衝撃的……。
あぁ、そういう世界の人もいるんだって、何かちょっと怯えちゃったな……。
私はさんすうの探偵しているだけでいいなぁ……。
そんな感じで私と華絵は首脳会談を終了し、教室に戻ると二人の男子があからさまに落ち込んでいた。勿論、正太郎と隼輔くんではない。
その二人の男子のうちの一人、キャムラがデカいエコバッグを机の横に置いて、席に着いて、溜息全開。
私はそのデカいエコバッグが気になりすぎたので、近くに行って見てみると、そこにはなんと、ドミクエのキーホルダーがいっぱい入っていたのだ!
私はすぐさま声が出た。
「キーホルダーの転売業者だぁ!」
すぐさまキャムラがこっちを見ながら叫んだ。
「違う! 出なかったんだよ! ドミクエの聖者の剣が!」
聖者の剣、それはRPGのドミクエに出てくる、裏エリアで手に入る隠しアイテムで、その剣を装備すると攻撃力が200%アップするという代物。
そのドミクエの聖者の剣が出ない?
出ないというか、
「聖者の剣は自分で手に入れるモノじゃん、攻略本貸そうか?」
「そういうことじゃない! くじ引きの当たりが全然出なかったんだよ!」
という会話をしていると正太郎がササッと私とキャムラに近付いてきて、
「おまちどおさま! 本の話なら俺に任せろ!」
するとキャムラが頭を抱えながら、
「攻略本はマジで関係無い! もう俺の哀しみなんて誰も分かんないんだぁ!」
あまりの乱れ具合に一体どうしたのだろうと思っていると正太郎が無表情でこう言った。
「あれだろ、コンビニの一番速いくじだろ?」
それに対してキャムラが最速でツッコむ。
「速くはない! ただの一番くじで合ってる!」
いやオマエのツッコミは今、めちゃくちゃ速かっただろと思って聞いていると、正太郎が、
「そうそう、それで当たりの本物の聖者の剣が出なかったってわけだろ」
「オブジェだけどな!」
正太郎とキャムラのやり取りで大体分かった。
つまり、くじ引きで当たりが出なくて、外れのキーホルダーばかり出てしまった、というわけか。
キャムラは今にも泣き出しそうな顔をしながら、
「オレは確率の神様から嫌われているんだぁ! 10分の1だぞ! 10回引いたら1回出るんだぞ! それも30回も引いてオレは!」
と荒上げたその時だった。
もう一人の落ち込んでいた男子、ヒロシも叫んだ。
「オレもそうだー! スマホゲームのガチャで全然SSRが出ないんだー! 10分の1なのにー! 30回も引いて一回も出ないってふざけてるよなー!」
ちょうど同じだ、でも”全然違うな”とも思った。
さて、どっちから説明しようかなと思っていると、キャムラとヒロシがシンクロした。
「「確率は絶対じゃないのかよ!」」
と言ったところで正太郎が叫んだ。
「絶対なんて言葉は絶対無い!」
教室がシーンとなった。
明らかに変な言葉だったからだ。
絶対が無いことを言う台詞で、絶対って言うな。
みんなそう思いながら、黙っていると、正太郎が語り出した。
「まあ絶対なんて言葉は絶対無いという台詞は間違っているが、絶対なんてことは世の中に無いんだよ」
あぁ、わざと違和感を入れて、教室を静まり返させる目的でそんなこと言ったんだ。
正太郎はいろんなことを瞬時に思いつくなぁ。
正太郎は続ける。
「必ず例外はある。逆にここではもう”必ず”って使っちゃうけども、どんなことでも例外というモノは出てくるもので。だから確率を信じすぎることは危険だと思う」
周りからは拍手が巻き起こったが、当人のキャムラとヒロシは全然納得いっていない顔だった。
だから私も言うことにした。
「まずはキャムラから言うけども、実物のあるくじ引きなら、既に当たりが出た可能性があるよね」
私がそう言うと、キャムラはハッとした表情をしながら、こっちを見た。
「それはそれで不運なんだけども、当たりが出切ったくじ引きは当たりが無いよ」
するとキャムラは呆然としつつも、どこか少し全て終わったような、終結したような顔をしながら、
「そうか、そうか……じゃあ仕方ないか……」
と言って机に突っ伏した、と同時にヒロシが叫んだ。
「いやオレは当たりが絶対あるぞー! スマホゲームのガチャだから絶対10分の1の確率で出るんだよー!」
「それは逆に実物が無いからこそ起こり得る現象で、その10分の1は常に10分の1なんだよね」
「どういうことだよー!」
ヒロシは何か私に食って掛かるテンションで立ち上がった。
私はどう説明しようと思って迷っていると、正太郎がこう言った。
「つまり、10分の1を積み重ねるわけじゃなくて、その毎ごとに10分の1だから、出ない時は出ない。連続した10分の1じゃなくて断続した10分の1という意味……で合ってる?」
そして私のほうを見た正太郎。
私は頷いた。
というかさすが正太郎、私の言ったことを全て理解してくれている。何かエモい。
ヒロシはまだイマイチ納得していない感じだったけども、とりあえずはまた席に座った。
それを見ていた正太郎が、
「とにかく、確率を信じすぎたらいけないということだ。確率は目安であって神様ではないんだ」
う~ん、結局うまく正太郎にまとめられちゃったけども、まあいいかと思いながら、私が席に戻ると、私の席の近くに立っていた隼輔くんが少し弱々しい顔で、まるであの時の華絵みたいな表情をしながら、こう言った。
「やっぱり鈴香さんは正太郎と息ピッタリだね、勝てないよ、全く」
そして隼輔くんは自分の席に戻っていったところで、ホームルームのチャイムが鳴った。
みんな席に着く中、私の心臓はバクバクと高鳴っていた。
私と正太郎が息ピッタリ。
いや確かに自分でもそう思ったけども。
何か、何か、体内が自分の体内じゃないような高揚感を抱いた。
あれ、私、何か、どうしたんだろう……いやいや、何か、多分、さんすう探偵が炸裂してテンションが上がっただけだろう。
そう思って、この気持ちは強引に閉じた。
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