さんすう探偵vsことば探偵

伊藤テル

【さんすう探偵】

・【さんすう探偵】


「降水量って何でミリメートルで言うか知ってるぅ?」

 あまり得意げにならないように、抑えて言ったつもりだったが、やっぱりちょっと語尾が上がってしまった。

「鈴香、何で? 何で?」

 でもまた美代が可愛いくらいに私の答えをせがむんだ。参ったね、どうも。

 だから私は今日も得意げに”さんすう探偵”の真骨頂を始めるんだ。

「降水量は、雨量計という円柱型の物体に溜まった雨水の幅で測るから、ミリメートルで言うんだよ」

 私が自信満々にそう言うと、美代は楽しそうに頷きながら、

「すごい! そうなんだ! やっぱり鈴香は賢いなぁ、さすが”さんすう探偵”! ……でも、それがこの窪みに落ちた私のキーホルダーをとることにどう関係するの?」

 そう言って窪みの近くにしゃがんだ美代。

 私は外にある蛇口の下に置いてあったバケツを掴み、そこに水を入れながら

「美代のキーホルダーは木で、水より軽いから多分浮くでしょ。だからこの窪みの中に雨量計のように水を入れれば浮いてきて取れるということなんだ」

「なるほど! じゃあそれでとれる!」

 私は水を入れたバケツを一旦美代の近くに置いて、そしてさっき見つけた石に、私が常に持っている、メモやペンなどの探偵グッズを入れているバッグから糸を取り出して

「モチロン、この窪みには水を流す穴が開いてあるから、その穴は重いモノで、たとえば石にこうやって糸をつけて、穴を塞ぐようにゆっくり糸で石を落とす。そして水を入れると……」

 徐々に浮いてくる美代のキーホルダー、そして手の届く範囲に来たところで美代がキャッチ!

「やった! これママからもらった大切なキーホルダーだったのっ! 箱根土産だったのっ!」

 後は糸を引っ張って、石を取り出して、水を流す。これで一件落着!

「さんすう探偵の鈴香にはいつも助けてもらっています! ありがとう!」

「そんな改まらなくていいって。でも取れて良かった。喜んでもらえてこっちも嬉しいよ!」

 私は美代と一緒にクラスへ戻った。

 それにしても。

 それにしても、だ。

 ――またやってしまった……またクラスメイトを救ってしまった……そう、私は。

 そう! 私は! さんすう探偵なのです!

 どんなことも算数の知識で問題を解決するさんすう探偵として、学校ではちょっと有名なのです!

 もう最高、自分が好きすぎる……朝からもう解決してしまうなんて、毎日何を食べているというの……パンです!

 そんな自分の心の中だけで自分を説明しちゃうくらい、自分好きな私、今日も私は最高だなぁといつも反芻しているんだ。

 それが楽しいんだ、仕方ないじゃないか、自己愛が半端無いんだ、もう私は自分しか好きにならない! きっと!

 そんなことを考えながらクラスに着くと、ちょうど朝のホームルームが始まるところだった。

 危ない、危ない、あの、そう、あのさんすう探偵が遅刻なんてしちゃいけないからね!

 席に着いたところで、田中先生がクラスの中に入ってきた。

 田中先生は何だかいつもよりニコニコしている。

 おいしいご飯の素でも見つかったのかな。

 田中先生はいつも朝にご飯の話をするからなぁ。

 おいしいパンの話もすればいいのに。

 ハンバーグにご飯、エッグベネディクトにご飯、アヒージョにご飯、バーニャカウダにご飯、と田中先生の話はいつもご飯ばかり、このラインアップだったら絶対私はおいしいパンにするのになぁ。

 田中先生はおいしいパンのアンチなのかなぁ。

 そんなことを思っていると、田中先生は思いがけない一言を言い放った。

「今日は転校生が来ています!」

 そんなスペシャルゲストが来ています、みたいな言い回し! 実際はこれから日常になるヤツ!

 でも転校生だって! こんな二学期の始まりに! ナイスだ! ナイス・イベントだ!

 クラス全体がガヤガヤする状況、当たり前だ、全員浮足立っている。

 この六年二組、全員浮いているんじゃないの、と思うくらい浮足立っている。

 その光景を田中先生はそこまで制止はしない。

「静かにすることは無理! 当たり前の私の発言! だから勢いで転校生を呼び込みます! カモン!」

 田中先生の司会術はちょっと古いなぁ、と思いつつ、呼びこまれた転校生、その子は……男子だ!

 ワイルド系というか、自信に漲っているような感じがする! パワフルみあるなぁ!

 身長は高い感じで、髪の毛は短くてさわやか、雰囲気からスポーツ万能な感じが出ている! ダッシュ系だ!

 運動会で役に立ちそう! ナイス・キャラだ! うちのクラスは運動強いヤツ一人くらいしかいないから!

「じゃあ自己紹介をどうぞ! どうぞどうぞ! どうぞぉっ!」

 田中先生は相変わらず最終的には勢いだけの司会術だなぁ、と思いつつ、転校生はとても大きな声で叫んだ。

「おまちどおさま!」

 ……おまちどおさま……?

 いや、別にまあ待ってはいないけども……来ると思っていなかったから待ってはいないけども。

 何だ、何だ、もしかしたらこういう感じの人にありがちの、喋ったら残念な男子のパターンか?

 いやいやいや、最初っからそんな穿った判断してしまってはいけない、いけない。

 さんすう探偵なんだから、探偵なんだから、先入観はナシでいきたい!

「俺は蔵田正太郎! みんなの大切な存在だ!」

 はい、ナシで……いやもうナシだわ……こんな馬鹿そうなヤツはナシだわぁー……。

「俺は前の学校では”ことば探偵”としていろんな問題を解決していました! だから是非頼ってくれよな!」

 クラス全体に、かなりデカめの『ざわぁっ』が起きた。

 ”ことば探偵”だって? ……さんすう探偵がまさにここにいるのに?

 というか何、ことば探偵って、こっちはさんすう探偵なんだぞ……?

「じゃあ鈴香とライバルだ!」

 クラス一のお調子者、キャムラが叫んだ。

 いやいやいや、こんな馬鹿と一緒にしないでくれぇー!

「何だっ! もしやこのクラスにはもう探偵がいるのか!」

 意外と勘は鋭いのかっ、この正太郎ってヤツは!

 じゃあ探偵としての要素は持ってるな! チクショウ!

「なんと! なんと! なんとぉっ! 鈴香のライバルが出現だぁぁぁああ!」

 田中先生の盛り上げは若干ウザい上に、キャムラが言ったことを繰り返しているだけだし、もう! 一旦静かにして!

「鈴香! 立ち上がって宣戦布告だ!」

「うるさい! キャムラ!」

 と言って、つい勢いで立ち上がってしまった……やってしまったぁ……と、心の中では完全にしゃがんで、俯いているが、今はみんながキラキラした瞳でこっちを見てくるので、逃げることはできない。

「何だオマエ、探偵か?」

 正太郎というヤツは妙に強い語気をかましながら、こっちを見てきた。

 みんなはついにライバル出現といった感じで、すごい好奇の目をこっちに向けてくる。

 いやもうここで引いたら負けたことになる! 全面戦争だ!

 私、やったります!

「私はさんすう探偵の鈴香! ずっとこの学校の事件を解決してきた実績があるの! ことば探偵の出番は無いと思う!」

 クラス全体が『おぉー』という感嘆の声。

 それはまあ気持ちがいいんだけども、正太郎というヤツも負けていない。

「じゃあ俺のライバルだな! よろしく!」

 まあ好きに言わせておけばいい。

 こんな、少なくてもこっちの学校では何の実績も無い男子が信用されることはモチロン、信頼されることもないだろうからねっ!

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