【数値は絶対的だけども】

・【数値は絶対的だけども】


 ちょっとした会話の流れから、甘いパンの話になった。

 パンの話になる確率すごく高い小学六年生だけども、私はパンが好きなので、全然大丈夫だ。

「おまちどおさま!」

「いや普通にいたよ、なんでトーク・テーマが変わる度に、それを言うんだ」

 私と正太郎と美代で会話している。

 いつも通り、私の席の周りだ。

 正太郎はまた無表情で、

「パンの一番良いところは車輪を付けて走らせると、良い香り車(ぐるま)になるところだよな」

 いや

「まず車輪を付けて走らせないし、その捻りの無いネーミングは一体なんなんだ」

「車輪を付けて走らせるだろ、そして排気ガスは激パン臭(しゅう)で」

「何かクサそうに言うな、パンは良い香りだろ」

 相変わらず私と正太郎がボケ・ツッコミして、美代が笑って手を叩いているだけ。

 謎のトライアングル、それがいつもの私たちになってしまった。

 最近、華絵が別のグループの中に属してしまい、一緒にならなくなった。

 やっぱり正太郎が関係しているのかな、でもどう言えばいいか分からないし、何かちょっとモヤモヤしている。

 そんなことはきっと露知らず、正太郎が真顔でボケ続ける。

「クロワッサン車はカーブを曲がることが巧い」

「いやでも何かクロワッサンが曲がっている方向にしか巧く曲がれなさそうだわ」

「ドーナツ車は回転しながら走っていく」

「すぐに乗り物酔いしそうだな、というか甘いパンの話はどうなったんだよ」

 とツッコんだところで、正太郎は何だかニコニコしながら、

「やっぱり甘いパンの良いところはカロリーの数値が高いところだよなぁ」

 ……何かほっこりしているけども、全然良くないところだろ。

 えっ? ボケじゃないの? というか多分無表情じゃないからボケじゃないんだ。

 マジなんだ、と思っていると美代が喋りだした。

「えっ、カロリーが高いことってダメなんじゃないの?」

 そうそう、まさにそれが女子の感覚。

 しかしどうやら男子、というか正太郎の感覚は違うらしい。

「カロリーが高いということは、いろいろ入っているということじゃん。じゃあお得じゃん!」

 お得なことは好きだけども、まさかカロリーが高いモノをお得という感覚でいたとは。

 まあ確かに数値が高いわけだからお得だという考え方も分からんでも無いけども、

「不健康の数値が高いという意味でもあるよ」

 私がそう言うと、う~んと唸りながら悩みだした正太郎。

 そんな唸るような話でもないけども、こんな甘いパンのカロリーの話なんて。

 でも正太郎は妙に真剣そうに、

「いやでもカロリーが高いって、元気があるみたいなことじゃないの?」

 と言うと美代は頷きながら、

「いや確かにカロリーがあることによって、パワーが出るみたいなところもあるけどねっ」

 でもそうか、カロリーが高いって考え方によっては悪くないということだ。

「数値というモノはある種絶対的だけども、その数値によって考えることは自由ということかぁ」

 私がそう呟くと正太郎が手をパンと叩いてから、こう叫んだ。

「その通り! いろんな考え方があって、みんないいんだ!」

 それに同調した美代が、

「さすが、ことば探偵! 短く端的に言うこと得意だね!」

 いや私がその始まりの部分を言ったんだけども。

 まあいいか、いちいち手柄を言い出す必要も無い。

 それよりも友達同士、楽しく会話できていれば、それだけでいいんだ。

 こんな関係がずっと続くといいなぁ。

 だから、もう、何でことば探偵をやっているかどうかなんて、聞かないほうがいいのかもしれない。

 いや知りたいという気持ちはあるけども。

 何故か正太郎のことを全部知りたいという気持ちもあるけども。

 でも、でも、この関係が崩れてしまいそうなあんな表情を見てしまうと、私は。

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