【義友さん】

・【義友さん】


 義友さんがいるというビルの前まで来ると、多分義友さんと思われる人がこっちへ向かって手を振っていた。

 お姉ちゃんは車を近くの駐車場に止めてくると言って、私と正太郎だけ降ろした。

 その時に、

「面白い話いっぱいしてこいよ!」

 と言って送り出してくれた。

 私と正太郎はドキドキしながら、義友さんと思われる人に話しかけると、

「井祐から聞いているよ。六次の隔たりをしているんだって? いやぁ、そういうモノに巻き込まれるなんて最高だな」

 と言ってから、ガハハと笑った。かなり豪快な人だ。一瞬ヒゲも相まって山賊かな、と思ってしまった。

 義友さんはロビーのソファーに座って、こう言った。

「ちゃんとした部屋に通してもいいが、保護者のいない段階で小学生を部屋に通すと何か怖い印象を受けるかもしれないから、この一階のロビーでいいよね」

 受付嬢もいるようなビルの大きなロビーの一角。

 ロビーが教室六つ分くらい広いので、ここなら何を喋っても他の人には聞こえなさそうだ。

 正太郎は頭を下げながら、

「お気遣いありがとうございます。それでは早速本題ですが、僕は失踪したお母さんを探しています。これがお母さんの写真で、この人を知ってそうな人を紹介してほしいんです」

 その写真を見るなり、自分のアゴヒゲを触った義友さん。

 何か心当たりがあったのか、無いのか、と考えていると、義友さんはこう言った。

「そうか、お母さんを探しているのか。思ったよりハードだな……でもまあ、あんまり肩肘張った話ばかりじゃあれだから、何か一つ面白い話をしてほしいんだけども、どうかな? 僕は人から面白い話を聞くことが好きでね、是非何か話してくれると嬉しいんだけども」

 私は心当たりがあったのかどうか気になったけども、まずは義友さんのご機嫌を保つことも大切だと思うので、私は面白い話を喋り出した。

「ナイチンゲールって知っていますよね?」

「あぁ、あのナイチンゲールかい? 看護師の。それは知っているよ」

「実はナイチンゲールは数学者の側面も持っていたんです」

「ほほう、それはどういった話かな」

 正太郎は黙って私のほうを見ている。

 私に任せているといった感じだった。

 正太郎のために私は面白い話をしなければ。

 私は呼吸を整え、続けた。

「ナイチンゲールはクリミア戦争に送り出されて、戦地の病院で勤務することになりました。ところがそこは酷い有様で、十分な薬は勿論、食べ物も無かったんです」

「まあそうらしいね」

「そんな中、ナイチンゲールは戦争で亡くなった兵士の数とその原因を詳しく調べて表にしたんです。そこで兵士たちは戦場よりも、病院の汚れたベッドの上で亡くなる人のほうが、はるかに多かったんです」

「なるほど」

「そこで政府に結果を報告する時、分かりやすく説明するためデータを図やグラフにして見せたんです。こうした努力によって政府も動き、戦地の病院は改善されていったんです」

「はー、それはそれは」

 ……何かあんまり響いているような感じがしない。

 でも私の中ではかなりタメになる、面白い話だったんだけどもなぁ。

 元々知っていたのかなぁ、と悩んでいると、今度は正太郎が元気良く喋り出した。

「というわけで次は俺の番だな! おまちどおさま! ことば探偵だ! ってな感じで、俺はことば探偵ということ小学校でしています」

 私は急にそんなテンションで、と思いつつ、正太郎を抑えるようなトーンで、

「いや社長さんにそんなテンションで若干失礼だよ」

 と言うと、正太郎はニコニコしながら、

「で、こちらがさんすう探偵になります」

「いやファミレスの店員みたいに言うな、シェフの気まぐれサラダみたいに言うな。急に変なこと言い出さないでよっ」

 と抑えたつもりだったのに、正太郎は、

「じゃあ今日は田中先生のクッキーの話をさせて頂きます」

「いや! 田中先生が生徒に渡したクッキーの話はどうでも良すぎるよ! さすがにふざけんなだよ! 正太郎!」

「その渡した一部の生徒のクッキーが、四人分のクッキーがいつの間にかバラバラにされていたんです。これは事件でしたねぇ」

「事件でしたねぇ、じゃないんだよ! 小学生のちっちゃい事件を社長さんに披露すな!」

 でも正太郎は全然止まる様子が無く、

「クッキーは元々綺麗な形をしていたんですが、それがバラバラになっていて。最初は器物損壊だと思ったのですが、よくよく見るとバラバラになったクッキーそのものの総量が減っているのでは! と鈴香が気付いたわけです」

「軽妙に語るな! 器物損壊とかそれっぽい言葉を使うな!」

「そこでバラバラのクッキーを組み合わせてみると、なんと一人を除いて減っていたんです! そしてそのもう一人が増えていたんです。そう、犯人はヒロシだ!」

「いやヒロシって誰だよってなるよ! 急に登場人物名を一名だけ出すなよ! なら全部出せよ! 人物名!」

「田中先生、ヒロシ、イッチン、キャムラ、隼輔、正太郎、鈴香、でしたー」

「ミュージカルのキャストみたいに紹介すな! あと犯人を二枚目の位置にすな!」

 そんな私たちのアホなやり取りに、なんと義友さんは拍手をして、こう言った。

「ハハハハ、面白いことをしているじゃないか。僕はそういうことを聞きたいんだ。君たちにしかできない、本当の話を!」

 そうか、面白い話ってそういう意味だったのか。

 実体験に基づいた話という意味だったのか。

 それからは正太郎のボケまくりショー。

 そして私のツッコミショーだった。

 そんなことをしていると、お姉ちゃんがやって来て、

「六次の隔たりできた?」

 と聞いてきたので、私はそう言えばと思いながら首を横に振ると、お姉ちゃんは、

「義友さん、この子たちは一週間のタイムリミットがあります。早めに紹介してくれると有難いです」

 それに対して義友さんはこう言った。

「でも向こうにも都合があると思いますよ。例えばそうですね、喫茶店が終わる六時頃とかがいいんじゃないかな」

 私の中で衝撃が走った。

 喫茶店? 六時頃? ということは!

「心当たりがあるんですね!」

 私はつい立ち上がってしまった。

 隣を見ると正太郎も立ち上がっていた。

 義友さんもゆっくりと立ち上がり、

「さて、車で一時間弱かな。一緒に行きましょうか。この女性が働いている喫茶店へ」

「本当ですか!」

 と正太郎は叫んだ。

 それにゆっくり頷いた義友さんは、

「まだ少し早いですけども、まあいるかどうかの確認もしたいので、行きましょうか。車はどうしますか? 僕がナビして、そちらのお嬢さんの車で行きますか? それが一番良いですけども」

 お姉ちゃんはぶっきらぼうに、

「それが一番良いなら良いけども」

 と答えると、義友さんは、

「はい、車の中で正太郎くんと鈴香さんの話を聞きたいので。帰り、それぞれになったら僕はタクシーで帰りますし」

 私と正太郎は顔を見合わせて、ハイタッチをした。

 それに対してお姉ちゃんは、

「いやハグしないのかよ」

 と言って笑った。

 私と正太郎と義友さんは、お姉ちゃんの運転する車に乗って、その喫茶店へ向かって走り出した。

 お姉ちゃんが車を止めた駐車場まで結構距離があったけども、歩いている時はもう意気揚々って感じで、全然大変じゃなかった。

 のちに義友さんが「うちの駐車場に止めれば良かったのに」と言ったけども、お姉ちゃんは「仕事用じゃないですから」と答えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る