第20話 川の中のガレットくん

 ガレットくん、どこにいるのー!?


 九条君と別れた後、いるかもしれないって言われた川に来てみたんだけど、姿は見えない。


 土手の上から川を眺めると、雨の影響で黒く染まっていて、勢いも強くなっていた。

 まさか、流されちゃったって事はないよね? 大丈夫だって信じたいけど、つい不安になっちゃう。


 ええい、立ち止まってても仕方ない。川は広いんだし、もしかしたら別の場所にいるかも。

 気を取り直して、川に目を向けながら土手の上を歩いていく。


「ガレットくーん!」


 名前を呼んだところで、この雨じゃ聞こえるか分からないけど、叫ばずにはいられなかった。

 ガレットくん、寒さで震えてなければいいけど。雷の音に、怯えてないかな?


 思い出すのは一週間前のドッグカフェの件と、もっと昔の犬が苦手になった出来事。

 両方とも、雷の音に驚いたトイプードルが暴れたけど、ガレットくんは雷平気なのかな。考えれば考えるほど、心配になってくる。

 お願いガレットくん、無事でいて。


 そんな事を考えていると、前の方から傘を差した男性が歩いてくるのが見えた。

 釣りでもしていたのか、肩から魚を入れるためのクーラーボックスを下げている。


 そうだ、もしもガレットくんが本当にこの辺にいるなら、あの人なら何か知ってるかも?

 よーし、聞いてみよう。


「あの、すみません。この辺で、大きな犬を見かけませんでしたか?」

「え、犬?」


 突然声をかけられたその人は驚いていたけど、すぐに何かに気づいたように言う。


「そういえばさっき、向こうの河川敷でいたな」 

「本当ですか!?」

「ああ。釣りをしてる時、歩いているのを見かけたんだ。ゴールデンレトリバーだったかな。土手の下を、テクテク歩いていたよ」


 ガレットくんだ! 九条くんの言った通り、この辺にいたんだ!


「向こうですね。ありがとうございます!」

「ちょっと君、雨で水かさが増えてるから、気を付けるんだよ」


 背中に声を受けながら、教えられた方に足早に向かう。

 言われた通り、普段は穏やかな川も黒く濁っていて、水位もだいぶ増えている。けどだから余計に、ガレットくんの事が心配だよ。


 あまり川には近づかない方がいいんだろうけど、離れすぎたらガレットくんを見つけられないよね。

 慎重に土手を降りて川のすぐそばまでやってくると、増水した川の音がうるさくてちょっと怖い。

 本当にこの辺りに、ガレットくんがいるのかな?


「ガレットくーん! ガレットくんどこー!?」


 雨や川の音に負けないよう、ありったけの声を上げる。

 お願いガレットくん、いたら返事をして……。


「……ワオワオーン!」


 ──あっ、今何か聞こえた!

 雨音がうるさくて、耳をすましてないと聞こえないくらい微かだったけど、確かに聞こえた鳴き声。

 あれは、ガレットくんの声だ。


「ガレットくーん!」

「ワオーン!」


 今度はもっとハッキリ聞こえる。

 やっぱり、近くにいるんだ。けどいったいどこに……って、ええーっ!


 辺りを見回して、愕然とする。

 いた。ガレットくんいたよ! 視線の先にあるのは、焦げ茶色の毛並みでペタンとした耳の大きな犬。間違いなくガレットくんだ。


 だけど見つけたはいいけど、喜ぶなんてできなかった。

 犬が苦手だから、やっぱり怖いのかって? そうじゃないよ。問題なのは、ガレットくんがいる場所。だってそこは、川の真ん中だったんだもの。


 川は水かさが増えていて、普段は地面だった所も大半は沈んでしまっている。

 だけどそんな中、わずかに残った地面の上に、ガレットくんは佇んでいた。

 けどそこは本当に、川の真ん中辺り。そして激しい濁流が、行く手をふさいでいたの。


 嘘でしょ、どうしてそんな所にいるの!?


「ガレットくーん、こっちに来れるー?」


 声を上げると、ガレットくんはそっと前足を水につける。

 私の言ってる事が分かるみたい。九条君が言ってたけど、本当に犬って、人間の言ってる事が理解できるのかも。

 だけど。


「クゥ~ン」


 水につけた足を、すぐに引っ込めちゃった。

 ひょっとして、怖いのかも。無理もないよね。こんなに濁っていて、流れも激しくなっているんだもの。こんなの私だって怖いよ。


 ガレットくん、もしかしたら晴れてるうちにあそこに行ってお昼寝でもして、目が覚めたら水かさが増えていていたのかも。

 ハッキリとした理由は分からないけど確かなのは川の真ん中に取り残されて、帰れなくなっちゃってるってこと。


 どうしよう。こうしている間にも水かさは増えてるし、このままじゃガレットくん、溺れちゃうかも……。


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