第12話 恐怖再び

「さて、もうそろそろ時間だな。会計しておくから、羽柴は外で待っててくれ」

「そんな、私の分はちゃんと自分で払うよ」

「そうはいかないさ。俺から誘ったんだから、俺が払うって」


 九条君は払うの一点張りで、結局お会計はまかせることになっちゃった。う~ん、いいのかなあ。

 まあ何はともあれ、無事にバレる事なく切り抜けられて良かった。

 ここまで来らもう安心。後はもう、家に帰るだけだものね。

 と、思ったその時……。


「ふう、酷い雨だったわ」


 お店のドアが開かれて、入ってきたのは30歳くらいの女の人。

 すると次の瞬間、私の足はピタリと止まった。


 ──っ!


 目を見開いて、まるで金縛りにでもあったように、動くことができない。


 いつの間にか外は雨が降りだしていたみたいで、雨音が聞こえてくるけど、問題なのはそこじゃない。

 注目すべきは女の人の足元。そこにはモコモコとした茶色い毛並みの、トイプードルがいたのだ。


 ト、トトトトトトイプードル!?


 見た瞬間、幼い日のトラウマがフラッシュバックする。

 あの日雷の音に驚いて、私に飛びかかってきたトイプードル。

 もちろんあの時のトイプードルと目の前にいる子は違うけど、外から聞こえてくる雨音も相まって、あの日の事を思い出さずにはいられなかった。


 ひ、ひぃぃぃぃっ!

 だ、ダメたー。特訓を積んで少しはマシになったけど、トイプードルは特に苦手なんだよー!


 足がガクガクと震えて、頭の中が真っ白になる。

 そして固まって動けずにいると……。


 ゴォォォォォンッ!


 微かに開いていたドアの向こうから、轟音が響いてきた。

 雷だ。どこかに雷が落ちたんだ。

 

 思わず体をビクつかせたけど、その音に驚いたのは私だけじゃなかった。

 耳をつくよう大きな音に、目の前にいたトイプードルも反応したのだ。


「キャウンッ!」

「あ、こら!」


 よほど驚いたのか、トイプードルは飼い主の女性から離れて大きくジャンプした。

 ……真っ直ぐ私に向かって。


 ま、待って待って待って! どうしてこっちに来るの!?


 それはまるで、いつかの日の再現。

 あの日と同じように雷の音に驚いたトイプードルは、私の胸に飛び込んできたのだ。


「ぎぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」


 かつての恐怖がよみがえってきて、こらえきれなくなった私は悲鳴を上げる。

 そしてトイプードルを受け止めきれずに、後ろに尻餅をついて倒れちゃったの。


 うぎゃああああっ!

 な、ななななな、何でこんなことにーっ!?


 突然の出来事にパニックになったけど、それはトイプードルも同じだったみたいで。

 倒れ込んだ私に乗っかって、頭を擦り付けてきた。


「キュウンッ! キュウンッ!」

「ひっ……ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダー!」


 トイプードルの猛攻に、我を忘れて声を上げる。


 もう連日の特訓なんて、何の役にも立たなかった。

 だって大丈夫と油断していたところにこの不意打ちなんだもの。言うならばお化け屋敷でゴールが見えて気を抜いた時、最後の大仕掛けが襲ってきたようなもの。

 完全に無防備だった所を襲撃されたんだもの。心の準備ができていないのに、悲鳴を堪えるなんてできないよ。


 そんな私の絶叫は店の中に大きく響いて。

 お会計を済ませた九条君が、何事かとやって来る。


「羽柴、いったいどうしたんだ?」

「く、くじょく……このこ、かしてー!」


『九条君、この子どかして』と言ったつもりだったけど、声が震えて上手く喋れない。

 案の定、九条君は事態を飲み込めていないみたいで戸惑っていたけど、彼の横にいたガレットくんは違った。


 ガレットくん、もしかしたら、私が襲われているって思ったのかも。

 いち早く動いて、トイプードルめがけてダッシュ。だけどその結果……。


 モフッ!


 私の体に、更なる重みがのし掛かる。トイプードルだけじゃなくて、ガレットくんも乗っかってきたのだ。

 ひょっとしたらガレットくん的には、私を守ろうとしてくれたのかもしれないんだけど……。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!」


 更なる恐怖に襲われた私の絶叫が、店中に響いた。



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