第11話 いざ、ドッグカフェへ

 ドッグカフェに行くと決まってから、繰り返されるもう特訓の日々。

 放課後になると私は毎日ガレットくんにじゃれつかれて、その度に逃げ回っていた。


 こんなんで、本当に犬嫌いを治せるのかって? 心配ご無用!

 なんと特訓の甲斐あって、私はガレットくんに触れても、声をあげるのを堪えられるようになったのです!

 しかと頭を撫でたりお手をしてもらっても、気絶することが無くなったの!


 まあそれでもガレットくんに触れると体はガタガタ震えるし、まだまだ犬嫌い克服にはほど遠いんだけどね。

 けど一応、やってきたことは無駄じゃなかったんだよ。

 今の私なら、犬カフェだって行ける! ……たぶんね。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて、ついにきた犬カフェ行き当日。

 九条君に案内されて、ガレットくんも一緒にやって来たのは、柴犬やチワワなどたくさんの犬と触れ合えるお店。 

 しかもガレットくんのような飼い犬も入店OKと言う、犬好きにはたまらないカフェだった。

 ……犬好きには、ね。


「ワ、ワアー。ワンチャンガタクサンー。カ、カワイイナー」


 ぎこちない喋り方に、ひきつった笑い。

 まるで壊れかけのロボットみたいになっている自覚はあるよ。

 だって右を見ても左を見ても、犬、犬、犬と犬だらけなんだもの! 

 少しはマシになったとはいえ、本当言うと気絶しそうなくらい怖い。


 だけど九条君は連日特訓に付き合ったせいで感覚が麻痺しているのか、私を見てもちっとも変だって思ってないみたい。

 いつもの調子で、優しく笑いかけてくる。


「実はドッグカフェって、飼い犬の入店NGな店も多いんだ。けど、近くに入店できる店があって良かったよ」


 案内された席に向かい合って座りながら、そんなことを言ってくる。

 実はこのお店、お店の犬とふれ合えるスペースと、連れてきた飼い犬と一緒にお茶をするスペースが別個に設けられているの。

 九条君の話だと、これは初めて会った犬同士が喧嘩しないよう場所を区切っているんだって。

 当たり前だけど、ちゃんと考えて設計されているんだなー。


「後でふれ合いスペースの方にも、行ってみるといいよ。可愛い子がたくさんいるから」

「う、うん。そうしてみる……って、なんかガレットくんが睨んでるんだけど!」

「ひょっとして、ヤキモチ妬いてるのかも? 拗ねるな拗ねるな、お前も十分可愛いって」


 苦笑いを浮かべながら、すぐ横にお座りしているガレットくんの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 ガレットくんはプイッてそっぽ向いちゃってるけど、やっぱりこの二人、仲良いや。


「そういえばガレットくんって、いくつなの? やっぱり、子犬の頃から九条君のお家にいるの?」

「あれ、言ったことなかったっけ? 元々ガレットは保健所にいた親子を引き取ってきたんだ」

「保健所? それって……」


 すぐに良くないイメージが浮かんだ。

 保健所って、人間の都合で捨てられたり、飼えなくなった犬を、一時的に保護する所だったよね。

 保健するまではいいよ。だけどいつまで経っても飼い主が見つけられなかった犬は確か……。


「ガレットは、殺処分を待つ犬だったんだ。母犬と一緒に保護されていたのを、父さんが引き取ってきたんだ」

「──っ! そうだったんだ」


 何て返したらいいか分からない。

 犬は苦手だけど、人間の都合で命を奪われるなんて、可哀想だもの。


「あの頃うちでは犬を飼おうかって話が出てたんだけど、それならペットショップじゃなくて保護犬の中から探そうってことになったんだ。そこにある命を消しちゃいけないって言う、父さんの意向でね」

「それで選んだのがガレットくんと、そのお母さんだったんだ」

「ああ。選ぶ時は俺も行ったんだけど、親子で保護されてたのを見て、コイツらがいいって思ったんだ。一緒に来てた父さんや姉ちゃんも賛成してくれて、引き取ったってわけ。最初は一匹だけ飼うつもりだったのに、二匹になっちゃったから大変だったけど。親子を引き離したくなかったからな」


 親子を引き離したくないかあ。何だか九条君らしい。

 ガレットくんもその時のことを思い出しているのか、「くぅん」と鳴いている。


「それじゃあ九条君の家には、ガレットくんのお母さんもいるんだよね。今どうしてるの?」

「それが、病気にかかって、去年……」

「えっ……ご、ごめん」

「いいよ、気にしなくて。死んじゃったのは悲しかったけど、最後まで頑張って生きてたし。ガレットも最初は落ち込んでたけど、今ではすっかり元気になってるしな」

「ワン!」


 九条君の言葉にガレットくんは、「うん、ボク元気」と言いたげに鳴いて、目をキラキラ輝かせている。


 不思議。そのつぶらな瞳を見ていると、いつもは感じる怖いって気持ちが沸いてこない。

 それはガレットくんの事を、知れたからなのかも。


「九条君、ガレットくんのことを本当に大事にしてるんだね」

「ま、まあ。家族だからな。時々言うことを聞かずにどっか行っちゃうバカ犬だけど」


 頬を赤く染めて、照れた感じが可愛い。


「ガレットくんも、優しい人たちと出会えて良かったね」


 笑いながら、ガレットくんに触れようと手を伸ばす。

 ガレットくんのことも少しわかったし、今なら怖がらずに触れられ……いや、やっぱり無理!


 伸ばした手を、慌てて引っ込めた。

 さすがにそう簡単に恐怖心は失くせないか。

 だけど確実に、怖いって気持ちは薄らいだ気がする。


 大丈夫、確実に前進しているんだもの。犬嫌いを克服できる日も近いよ。

 そう自分に言い聞かせながら、注文していたキャラメルマキアートを飲む。


「そういえば、俺も聞きたいんだけど。羽柴は何きっかけで、犬が好きになったんだ?」

「ふえっ!?」

「ちょっと気になってな。羽柴は俺の知ってる中で、ダントツで犬好きだからな。何かきっかけがあったのかなーって思って」


 九条君のニコヤカな笑顔とは裏腹に、私の背中にはダラダラと嫌な汗が流れている。


 ダントツで犬好き? 私が?

 待って待って待って。九条君の方が、よほど犬好きなのに。と言うか私は、本当は犬苦手なんだけどなー。


 けどまあ好きになるきっかけと言うか、好きになろうとしたきっかけなら、ハッキリしてるけど。


「えっとね。笑わないで聞いてくれる?」

「ん? ああ、もちろん」

「じ、実は好きな人がいて。その人が犬好きだったら、私も好きになるって言う……不純な動機です」


 ……ああ、言っちゃった。

 所々ぼかしているけど、嘘は言っていない。

 言ってて顔から火が出るくらい恥ずかしかったけど、これ以上嘘を重ねたくない一心で言い切っちゃった。


 九条君はそれが意外だったのか、ビックリしたような顔をしたけど、すぐにハッとしたように喋りだす。


「そうだったのか……まあ好きなやつの好きなものって、気になるよな」

「う、うん……でも、こんなの変だよね」

「全然。ちょっと驚いたけど、別に良いんじゃないか。好きなものが増えるのは、良いことだしな」


 本当はまだ、好きになりきれてはいないんだけどね。

 すると九条君、不意に笑顔をやめて、緊張したような顔になる。


「な、なあ。羽柴はその人のこと、まだ好きなのか?」

「…………へ?」


 予想外の質問に、時が止まった。

 く、九条君がそれを聞くー!?


 マキアートを飲んでいなくてよかった。飲んでいたら、確実に吹き出して大惨事になっていたところだったよ。


「好きって言うか、その、あの……」

「誰なんだ? もしかして、俺の知っているやつ?」

「そ、そそそそそそれは──ひ、秘密! 秘密だから!」


 ここで、私が好きなのは九条君だよって言えたら良かったんだけど。そんなの絶対無理だからー!


「悪い、変なこと聞いて。羽柴をこんなに犬好きにさせちまうくらい好きなやつか……強敵だな」

「え、強敵って?」

「あ……こっちの話だから。そいつと、上手くいくと良いな」

「うん……そうだね」


 なんて返事をしながら、胸の奥はチクチク。

 九条君、私が他の人のことが好きでも平気なんだね。少しくらい、ヤキモチ妬いてくれても良いのに。

 って、彼女でもないのに、何を思っているんだろう。


 残念な気持ちと自己嫌悪に苛まれたけど、恋バナをしたのはここまで。

 それからは気持ちを切り替えて、ふれ合いコーナーに行って犬達と戯れた。


 犬とのふれ合いの時間はなんと言うか、しょんぼりしてる余裕なんてなかったよ。

 お店の犬は教育しているだけあってどの子も人懐っこく、足にすり寄ってきたりじゃれついてきたりしたけど、その間ずっと恐怖と緊張でガチガチだった。


 うおぉぉぉぉっ! 犬か、犬がいっぱいだー!

 きっとガレットくんとの特訓がなかったら、途中で気絶するか泣き叫んでいたに違いない。

 だけど特訓を積んで生まれ変わったシン・羽柴亜子は、そんな犬達の猛攻にも耐えられる、鋼の精神を身に付けていたのだ!


 まあもっとも。


「お、お客様、大丈夫ですか? 顔色悪いですけど」

「は、ははは。平気ですよー。もしかして、テンション上がりすぎちゃったのカナー?」


 気持ちは顔にしっかり出ちゃってるみたいで、店員さんに心配かけちゃったけどね。

 けど弓香ちゃんが作ってくれた、犬が好きすぎて倒れちゃう事があると言う不思議設定のお陰で、九条くんが。


「大丈夫です。この子、犬と遊ぶといつもこうなるんで」

「そ、そうですか。ごゆっくりお楽しみください……」


 店員さんは怪訝な顔をしていたけど、幸い九条くんはこれっぽっちも疑っていないみたい。

 特訓をしていて本当に良かった。ちょっとは免疫がついたのも良かったけど、犬と触れあってガチガチになる私を九条くんが見慣れていなかったら、きっとバレちゃってたに違いないもんね。



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