第21話 ガレットくんを助け出せ!

 と、とりあえず、まずは九条君に連絡しないと。

 傘を差したままスカートのポケットからスマホを取り出すと、画面には九条君とガレットくんのツーショット写真が表示されている。


 九条君から貰った写真、待ち受けにしてたんだよね。彼女でもないのに、こんな事してる私は思、重いだ。

 そして楽しそうに笑っている写真の二人を見ると、胸が痛む。やっぱりガレットくんは、九条くんの大事な家族なんだから。何としても助けないと。


 九条君に電話を掛けるとすぐに繋がって、馴染みのある声が聞こえてきた。


『羽柴か?』

「九条君? ガレットくんが見つかったんだけど」

『本当? ガレットはどこに!?』

「待って、落ち着いて聞いて。実は見つかったのは良かったんだけど、ちょっとまずい事になってて。ガレットくんは今、川の真ん中に取り残されてるの」

『は? 待ってくれ。どういう状況なんだ?』


 そんなの、私が聞きたいよ。これは説明するより、見せた方が早そう。

 スマホのカメラを起動させると、荒れ狂う川の中に取り残されたガレットくんをパシャリ。

 急いで九条君に送ると、慌てた声が返ってきた。


『状況が最悪だってのは分かった! とにかく、俺もすぐ向かうから、羽柴はそこで待っててくれ』

「う、うん。でも、待ってるだけでいいの? 早く助けた方が良い──」


 良いんじゃないの? そう言おうとした時、空にギザギザの黄色い線が光った。雷だ。

 そして次の瞬間、空気を震わすゴーンと言う大きな音が、辺りに響く。


「きゃあっ!?」

『羽柴、どうした!?』

「な、何でもない。ちょっと雷が鳴って、ビックリしただけだから……」


 って、雷!?

 慌ててガレットくんを見ると、さっきの音で驚いたのか、そわそわと動き回っていた。

 そうだ、雷が苦手な犬って、結構多いんだ。


 私はその事をよく知っている。

 何せ小さいころトラウマを植え付けたトイプードルは、雷の音に驚いて暴走したんだし、この前のドッグカフェで会ったトイプードルだって、雷を怖がっていたもの。


 というか、よく考えたら犬と雷って、私にとって最悪の組み合わせじゃない。

 そろったら決まって、トラウマや黒歴史になる。

 なのに何度も遭遇するなんて、ひょっとして私って、呪われてるの!?


 と、とにかく、このままじゃマズイよ。

 雷の音に驚いたガレットくんが、どんな行動を取るかわからないもの。


「ワォン、ワオーン!」


 まるで助けてって言っているみたいに、ガレットくんが吠える。

 やっぱり、九条君が来るのを待つなんて悠長なことは言ってられない。一刻も早く助けないと。


「九条君、なるだけ早く来て。それまで私も、できるだけの事はやっておくから」

『は? おい羽柴、いったい何を……』


 九条君が何か言おうとしてたけど、構わず通話を切る。

 説明している時間がもったいないし、それに九条くんの事だから、話してもきっと止められちゃうもの。


 川を見ると流れはさっきより早くなっている気がする。

 こんなの、ガレットくんが泳いで渡ってこれるとはとても思えない。だけど……だけど私なら。


「大丈夫。私泳ぐの得意だもん」


 声に出して、自分に言い聞かせる。

 昔スイミングスクールに通っていた事もあるし、小学校の頃は男子にだって負けなかったんだから。


 川の水の量は増えていて、たぶん深さは私の腰まではギリ浸かるかどうか。

 これならいけるかも。ううん、きっといける。


 手にしていたスマホと、濡れちゃいけない財布などを地面に置いて、その上に傘を置く。


 何を考えてるのかって?

 決まってるじゃない。川の中に入って、ガレットくんを助けるんだよ!


 だって時間が経てば経つほど水嵩が増えて、助けるのが難しくなるもの。だったら、今のうちに動かなきゃ。


 だけど当然、不安はある。

 たぶん大丈夫だとは思うけど、増水した川の中に入って、100%無事でいられる保証なんて無いんだもの。

 そして何より私の手で、ガレットくんを助けられるかどうか。


 ガレットくんの元までたどり着いたとして、その後どうすれば良い?

 ガレットくんが流されないよう、おんぶしてこっちまで戻ってくる? 犬嫌いの私が!?


 もちろん今は、苦手だとか怖いとか言ってる場合じゃない。助けられるのは、私しかいないんだから。

 けど頭では分かっていても、ちゃんと拒絶することなく運んでこれるかどうか……ってええーい、ゴチャゴチャ考えるのはやめだー!


 覚悟を決めて、茶色い川の中に足を踏み入れる……。


「冷たっ!」


 あまりの冷たさに、思わず足を引っ込めた。

 なにこれ、思ってたより全然冷たいじゃない。けどこのままだと、この冷たい水にガレットくんが沈んじゃうかもしれないんだよね。


「くぅ~ん」


 さっきまで雷に驚いてぐるぐる回っていたガレットくんが、動きを止めてこっちを見ている。

 助けを求めて訴えかけてきてるように見えるのは、きっと気のせいじゃないよね。

 ええい、女は度胸! やるったらやるの!


「待っててね、今助けに行くから!」


 再び川に足を踏み入れると、やっぱり冷たい。

 それにスカートが足に張り付いて、歩きにくいし気持ち悪いよー。


 だけど躊躇してはいられない。

 覚悟を決めて、川の中を歩いていく。


「ガレットくん、すぐに行くからね!」


 濁流の中を一歩一歩歩いていって、その度にどんどん体が水に沈んでいって、あっという間に腰まで。スカートが全部浸かってしまった。

 う、動きにくいー。それに流れがあると、思ってたより歩くのが大変だよ。


 学校の水泳の授業ではもっと深いプールで泳いでたけど、整備されたプールと自然の川だと全然違う。

 しかもこんなに荒れているんだもの。気を抜いたら、流されてもおかしくない。

 慎重に進まなくちゃ。ガレットくんが待ってるんだから……。


「ワンッ! ワンッ!」

「ひぃっ!」


 頑張れとでも言いたげにガレットくんが吠たけど、ゴメン。それ逆効果だから!

 今足がガクガクに震えたら、洒落にならないくらい危ないんだってば。川を渡るのに集中したいから、静かにしてー。


 だけどそんな願いも虚しく、ガレットくんはさらに吠え続ける。


「ギャンギャンギャンギャンギャン! ワンワンワンワンワン! ワゥ、ワオーン!」


 うわぉぉぉぉっ!

 犬ヤダ犬ヤダ犬ヤダーっ!


 ガレットくんの声を聞くたびに、長年蓄積され続けた犬嫌いの本能が、逃げろって悲鳴を上げてくる。


 ああ、私ってば何やってるんだろう?

 苦手な犬のために、こんなにずぶ濡れになって。

 だけど相手は、九条君の大事な家族なんだもの。見捨てるなんてできない。

 それにね。こんなに怖がっててなんだけど、犬は苦手でも、ガレットくんにはちゃんと愛着はあるんだよ。


 相変わらず犬は苦手で怖いけど、でもそんな苦手を治すために、特訓に付き合ってくれたのはガレットくんなんだもの。

 結果全然克服できなかったけど、何かあったら絶対に嫌。私が犬嫌いかどうかなんて関係ない。絶対に助けるんだからー!


 流れる川の中を、一歩一歩進んで行く。

 ガレットくんの待つ、わずかに残った陸地まで後少し。

 だけど残り数歩まで来たその時、ズルッと足が滑った。


「わ、わ、わ、キャー!?」


 たぶん、川底にあったツルツルした石を踏んじゃったんだと思う。バランスを崩して、ザブンと前のめりに倒れる。

 咄嗟に手をついたけど、川底の石で思いっきり擦ってしまった。


 痛っ!

 手に激痛が走る。更に服も派手に水に浸かってしまって、重さがさっきまでの比じゃないよ。

 それでも何とか体を起こしたけど、顔や胸なんかも派手に水に浸かってしまい、全身を寒気が襲う。


 くしゅん! さ、寒いっ!

 は、早く水から出ないと……。


「ワンッ! ワンッ!」

「ふえ? ガ、ガレットくん!?」


 その光景を見て、思わず声を上げた。

 だってガレットくんが、流れが急な川の中に入ってきてたんだもの。

 何で? さっきまで大人しくしてたのに、こっちに向かってじゃぶじゃぶ泳いできてる。

 ダメだってば、危ないよ!


 もしかして、待ってるのが怖くなっちゃったの?

 一瞬そう思ったけど、いや違う。これはきっと……。

 

「バゥ! バゥ!」

「え、ええと。ひょっとして私が転んだのを見て、助けに来てくれたの?」

「ワン!」


 体の半分を水につけながら、側までやってきたガレットくんは誇らしげに私を見上げてくる。


 そういえば、九条君が前に言ってたっけ。ガレットくんは私に懐いてるって。

 私がそうしたように、ガレットくんも私のピンチに、駆けつけてくれたんだ。

 あんなに怖がってたのに。自分の身を省みずに……。


「バカ。私はガレットくんのこと、あんなに怖がってたんだよ」

「ワォン?」


 不思議そうに鳴くガレットくん。たぶん人間で言うところの、首をかしげるなのかな。


 この子素直すぎ。好きだなんて言っておいて、実は苦手でしたなんて言う裏切り者なのにさ。なんで助けに来るんだろう。


 けどそんな無茶をしてくれたガレットくんのことを。心配そうに見つめるこの子のことを、つい可愛いって思っちゃった。


 相手は犬なのに。苦手なはずなのに。

 九条君が家族と言って可愛がる気持ちが、ようやく分かった気がする。

 ありがとう、ガレットくん……。


 ゴォォォォォォォォン!


「ひゃあっ!?」

「ワオン!?」


 突如響いた轟音に、それって悲鳴を上げる。

 ビ、ビックリしたー。どうやらまたどこかに、雷が落ちたみたい。


 こ、こうしちゃいられない。早く脱出しないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る