いなくなったガレットくん

第18話 ガレットくんがいなくなった!?

 弓香ちゃんの家を出て上を見上げると、空は灰色に雲っていて、パラパラと小雨が降っていた。


 傘をさしながら、とぼとぼと歩いていく。

 結局『九条君と仲直りしよう会議』は、泣く私を弓香ちゃんが慰めるだけで終わっちゃったなあ。

 九条君とはただでさえギクシャクしてたのに、さっきの一件でますます気まずくなっちゃった。

 明日学校で、どんな顔して会えばいいんだろう?


 そんなことを考えながら、来た時通った公園とは別の道を選んで歩く。

 さすがに二度遭遇することはないだろうけど、念のため九条君がいるかもしれないコースは避けたかった。

 なのに。


「ガレットー!」


 へ、ガレット?


 聞き違いかな? 今ガレットくんを呼ぶ九条君の声が聞こえたような。まさか、ついに幻聴まで聞こえるようになっちゃったんじゃ?

 驚いてうつ向いていた顔を上げたらビックリ。だって道の向こうから九条君が、傘もささずに走って来てるんだもの。


 九条君どうしたの、濡れちゃうよ。

 すると九条君も私に気づいたみたいで、駆け寄ってきた。

 そして。


「羽柴、ガレット見なかった!?」


 いきなり両肩を掴まれて、息を切らしながら聞いてくる。

 キャー、何これー! いったいどういう状況ー!?


「ま、待って。九条君、肩痛いよ」

「あ……悪い」


 急いで手を放す九条君。

 けど、こんなに慌ててるだなんてただ事じゃないよね。


「ガレットくんがどうかしたの?」

「実は……ガレットが、いなくなったんだ」

「えっ?」


 どういう事なの? 

 何が起きてるのか、全然分からなかったけど、尋ねると九条くんは静かに話し始める。


「俺が八つ当たして、酷いこと言っちゃったんだ。そしたらガレット、自分で首輪を外して、どこかに走り出しちゃったんだ」

「自分でって、そんなことできるの?」

「首輪抜けは、昔ガレットよくやってたイタズラなんだ。ダメだってしつけてたから最近はやらなくなってたんだけど、油断した」


 九条くんはポケットから、リードのついた首輪を覗かせる。

 首輪抜けなんて、まるで忍者。ガレットくんヤンチャすぎるよ。


「俺のせいだ……俺があんな事言ったから、きっと傷ついたんだ」


 弱々しく語るその顔は真っ青。こんな九条君、見たことがないよ。

 それに九条君がガレットくんに八つ当たりしたなんて、信じられない。


「で、でも九条君のせいとは、限らないんじゃないかな。ガレットくん、言葉をちゃんと分かってないかもしれないし」

「いや、犬って結構、人間の感情に敏感で、頭もいいんだ。人間が言ってる事をちゃんと分かってる時もあるし、きっと今回も俺が怒ってるって、分かったんだと思う。ああ、なんであんな事言っちゃったんだ」


 頭を押さえながら、悲痛な声を上げる。

 いったい何を言ったのかは分からないけど、相当キツイ事を言っちゃったんだろうなあ。

 けどどうして? ガレットくんとはあんなに仲良しだったし、さっきも普通に散歩してたのに。

 私と別れた後に、いったい何が……って、ちょっと待って。


 さっき会った時は、二人がケンカしてるようには見えなかった。

 なのにそのすぐ後、私と会ったすぐ後に酷いことを言っちゃったって事は、もしかしてその原因って……。


「ね、ねえ、ひょっとしてガレットくんとケンカしたのって、私のせい?』

「──っ! 違う、羽柴は悪くない!」

「それじゃあ私は、全く無関係なの?」

「……ああ」


 九条君はそう答えたけど、嘘だ。

 言う前に間があったし、不自然に目をそらしてるし。何か隠しているのがバレバレだよ。


 どういう経緯があったかは分からないけど、そこに私が関わっているのは間違いなかった。


 と言うことは、やっぱり私のせい? 私のせいで、九条君とガレットくんがケンカしたの?


「九条君、嘘ついてるよね。やっぱり私のせいなんだ」

「だから違うって。羽柴はなにも悪くないから」

「でも……」


 私のせいなら、土下座でも何でもして謝らなきゃ。

 けど、ガレットくんが今どうしているかも気になった。

 九条君の言う通りなら、ガレットくんは今とっても傷ついているはず。私は犬苦手だけど、そんなの関係無い。もしも傷ついたまま一人でいるなら、心配だよ。

 だったら。


「九条君、私も手伝うから、ガレットくんを探しに行こう!」

「は? いや、だから羽柴は関係無いって。それに、犬苦手なんじゃ」

「苦手とか苦手じゃないとか、関係ないよ! ガレットくんは、九条君の家族なんでしょ。友達が困ってるのに、放っておけるわけ無いじゃん!」


 九条君がまだ私の事を、友達と思ってくれているかは分からない。

 けどそんなの考えるのは後。今やらなきゃいけないのは、ガレットくんを見つける事だもの。

 雨も降ってきたし、このまま放っておくのは心配すぎるもん!


「いや、でも……」

「でもも何もなーい! 喋ってる時間が勿体ないよ。こうしてる間にもガレットくん、雨に濡れて寒がってるかもしれないんだよ。それでもいいの?」

「それは……良くない。悪い羽柴、こんなこと頼める立場じゃないけど、お願いだ。力を貸してくれ!」


 勿論だよ!

 だけど、いったいどこにいるのか。生憎私には検討つかない。


「手分けして探した方が良いよね。ガレットくんが行きそうな場所って、心当たりある?」

「そうだなあ。商店街とか、川の方とか?」

「じゃあ私は川の方を探すから、九条君は商店街をお願い。それとどこかで、傘を差したが良いよ。雨も強くなってきそうだし、濡れたまま探すのは、ね。なんだったら、私の傘使う?」

「それはいい。借りたら今度は、羽柴が濡れちまうだろ。俺はどっかその辺で買うから」


 差し出した傘を、突き返される。

 そうだった。あわわ、恥ずかしい。自分が濡れることは考えてなかったよ。

 自分のドジっぷりに恥ずかしがっていると、九条君が微かに笑みを浮かべた。


「羽柴。その……ありがとう。探すの手伝ってくれて」

「お礼を言うのは、ガレットくんを見つけてから。もし見つけたら、スマホに連絡するね」

「ああ、頼む」


 頷きあってから、九条君と別れる。


 まさかこんなことになっちゃうなんて。

 九条君は言ってくれなかったけど、もしも原因が私にあるなら、責任を取らないと。


 どういう経緯があったのかは分からないけど、もしかしたら私が犬が好きだって嘘をついちゃったのが、全ての始まりなのかも。

 風が吹けば桶屋が儲かるって言うくらいだし、あり得ない話じゃないよね。


 私のバカー! いったいどれだけ九条君に迷惑かけりゃ気がすむのさー!


 悔やんでも悔やみきれないけど、反省するのは後。

 今は一刻も早く、ガレットくんを見つけないと!


「ガレットくーん!」


 名前を呼びながら、川の方へ向かう。

 けど見つけたとしても、犬が苦手な私が、捕まえられるかなあ?

 さっきは勢いで探すの手伝うって言ったけど、その辺の事は何も考えていなかったよ。


 けど、ゴチャゴチャ悩んだって始まらないよね。

 そういうことは、見つけた時に考えればいいんだもの。 


 雨が勢いを増していく中、私ははね反る雨で足が濡れるのも気にせず、川に向かって歩いて行った。

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