第15話 羽柴に嫌われた【九条side 】

「……羽柴、元気なかったなあ」


 教室を出た俺は、当てもなく廊下をとぼとぼと歩きながら、さっきの羽柴の顔を思い出す。


 トイレに行くと言って出てきたけど、あんなの嘘だ。本当は、羽柴と一緒にいることに耐えられなかっただけ。


 ぎこちない挨拶をして来た羽柴。そこにはいつもの明るさはなく、無理をしていることが丸わかりだった。

 何に無理をしているのかって? 決まってるだろ。

 きっと羽柴は俺と話すのが、嫌で嫌でで仕方がないんだ! 

 だって俺は、今まで羽柴の事を苦しめ続けてきたんたから。



 昨日羽柴が犬嫌いだと知って愕然とした。

 今にして思えば、ガレットにくっつかれたら悲鳴をあげたり、意識が飛びかけたりと、思い当たる節はたくさんあった。むしろどうして犬好きだなんて思い込んでいたかが不思議なくらいだ。


 俺のバカ! なぜ気づかなかった!?


 羽柴がどうして犬が好きなんて嘘をついていたかは分からない。

 けどどんな理由があるにせよ、羽柴にたくさん怖い思いをさせてしまったことに変わりないよな。


 ガレットをけしかけて、写真を送って、あまつさえドッグカフェに連れて行く。こんなの犬嫌いの人間にとって、嫌がらせ以外の何物でもねーじゃねーか。

 俺はいったい、どれだけドS野郎なんだよ!


 世の中犬が苦手な奴もいるって、分かってたはずなのに。

 ドッグカフェに連れて行くなんて、高所恐怖症の俺がスカイツリーのてっぺんに連れて行かれるようなものだろう。

 知らなかったとは言え、そんな目に遇わせた俺のことを、羽柴はどう思っているんだろう?


 そこまで考えた後、歩くのを止めて立ち止まった。

 どう思ってるかって? そんなの簡単だ。


「きっと、スゲー嫌ってるだろうな」


 そんなの、さっきの教室での態度を見ても明らかだろ。

 目を合わせようとしなかったし、挨拶はしてくれたけどいつもみたいな明るさはなく、義理でやってるような感じ。


 きっと本当は、俺なんかと口を利きたくも無かったんだ。きっと心の中では『この犬悪夢軍団を従える、最低最悪の魔王! 一生怨んでやる!』くらい思ってるんだ。絶対にそうだ!


 もうおしまいだ。

 サヨナラ、俺の恋。失恋するにしてもせめて、もっと穏やかな形で幕を閉じたかったよ。


 絶望のどん底に叩き落とされながら壁にもたれ掛かっていると……。


「おはよう九条」


 不意にポンと肩を叩かれ、そこにいたのは同じクラスの男子だった。


「こんな所で何やって……って、お前大丈夫か? 顔色メッチャ悪いけど!?」

「ああ、ちょっとな……。なあ、人間って、空を飛べると思うか?」

「へ? いやいや、いったい何を考えてるんだよ?」

「なあに、ちょっと屋上から羽ばたいて、遠い世界に飛んで行ったら気持ちいいだろうなって、思っただけだ」

「バカ、人間は飛べねーよ! いったいどうしちまったんだ!?」


 慌てたように叫ばれたけど、なんかもう何もかもがどうでもよくなってきた。

 羽柴、本当にごめん。でも謝りたいけど、前みたいに話すなんてできるのか? 


 そして悪い予感は見事的中する。

 それから一週間、羽柴とは毎日学校で顔を合わせたけど、まともに話すことも、目を合わせることもなかった。




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