第6話 羽柴は犬好きだ!【九条side 】
今日は日曜。日々勉強に追われる中学生が、羽を伸ばせる日。
だけど日曜だからといって、お休みにはならない事だってある。
俺、九条友昭は今日も今日とて愛犬ガレットの散歩中。そしてガレットは楽しそうに尻尾を振りながら、てくてく歩いている。
「ワウッ、ワウッ、ワウッ!」
「あっ。こらガレット、大人しくしろ」
道の向こうからコーギー犬を連れたお婆さんがやって来るのを見るなり、ガレットが吠え出しやがった。
これは何も、ケンカするために吠えてるわけじゃない。むしろその逆。
ガレットは好奇心旺盛で散歩中に出会った人や犬に吠えながらじゃれつこうとするんだけど、きっと向こうはビックリしただろう。
リードを引っ張って大人しくさせて、コーギーを散歩させていたお婆さんに頭を下げる。
「すみません、急に吠えちゃって」
「あらあら良いのよ。犬は吠えるのと、散歩するのが仕事なんだから」
お婆さんは気を悪くする様子もなく、笑ってくれてホッとする。
一方、吠えるのをやめたガレットはコーギーと鼻をこすり合わせていた。
「元気なワンちゃんね、男の子かじら。名前なんて言うの?」
「ガレットって言って、男の子です」
どうやらお婆さんは話好きらしく、しばらくお互い犬について話をする。
その間ガレットとコーギーもじゃれあっていて、どうやらすっかり仲良くなったみたいだ。
「あら、もうこんな時間。ごめんなさいね、長話に付き合わせちゃって」
「いいえ、俺達も楽しかったです。な、ガレット」
「くぅ~ん」
俺達はお婆さんと別れて、再び歩き出す。
「ガレット、さっきの人は犬好きだったから良かったけどさ。あんまり知らない人に吠えるなよな」
「ワオン?」
「まったく。この癖だけは、どうして治らないかなあ。この前だって羽柴に……まあ、羽柴は喜んでくれたみたいだから、良かったんだけどな」
「ワンワン!」
心なしか、ガレットがドヤ顔をしてる気がする。
あれには、感謝しているよ。お陰で羽柴と、共通の話題を見つけられたんだから。
羽柴亜子。
同じ中学で同じクラスで、隣の席の女の子。そんな彼女のことを意識するようになったのは、いつからだろう。
特別目立つと言うわけじゃないけど、人懐っこい愛嬌のある顔をして、いつもニコニコ笑っている可愛い子。
最初はただのクラスメイトだったはずだけど、そんな羽柴を特別だと思うようになったのは、席が隣になった事がきっかけだった。
毎朝おはようって挨拶をしてくれて、教科書を忘れた時は小動物のように焦りながら困った顔で、「お願い見せて」って頼んでくる。
そんな仕草の一つ一つが可愛くて、隣にいると自然と良い所が目について。ついつい目で追ってしまう自分がいる。
けどやっぱり、極めつけはあの時かな。
前に学校の中庭の木に登った猫が、降りられなくなって困っていた事件。
俺は犬派だけど、猫だって嫌いじゃない。本当ならすぐにでも、助けてあげたかったけど、生憎俺は高所恐怖症だったんだ。それも踏み台に乗るのだって躊躇するくらいの、重度のやつ。
なのに高い木の上まで登るのなんて、そんなの絶対に無理! どうすることもできずに、ただ見ている事しかできなかった。
けど、羽柴は違った。
猫に気づいて集まったほとんどの生徒が、どうしようと指をくわえて見ている中。集まっていた野次馬を押し退けて、真っ先に木に足をかけたのが、羽柴だったんだ。
猫を助けるため、何の躊躇いもなく木に上っていく羽柴。中には、「スカートで登ってるよ」なんて言ってる男子もいたけど。俺はすぐさまそいつらの襟首を掴んで、離れた所に追いやった。
羽柴のことを変な目で見てるそいつらが、なんかムカついたから。
そして俺がそんなことをしている間に、羽柴は見事猫を助け出して、地上へと降りてくる。
抱えていた猫を地面に下ろすと、猫は一目散に走って逃げて行ったっけ。助けてもらったってのにお礼もしない、恩知らずな猫だ。
けど羽柴は満足そうに「あれだけ元気なら大丈夫だよね」なんて言って笑って。
その笑顔を見て、不意に胸が高鳴ったんだ。
たぶんもっと前から、気づかないうちに惹かれていたんだとは思う。けど、好きだとハッキリ意識したのはこの時だった。
その後羽柴はスカートで登っていたことを小野寺に指摘されて、顔を真っ赤にしていたっけ。
ちょっとドジな所もあるけど、そういう所も可愛いって思えるから不思議だ。
そんな羽柴だけど、最近ちょっと気づいたことがある……。
「そうだ。ガレット、公園でちょっと、写真撮らせてくれ」
「ワウ?」
「良いだろ、羽柴にあげたいんだ」
「ワン、ワン!」
どうやらOKしてくれたみたいだ。羽柴、喜んでくれるかな。
最近気づいた事。それは羽柴が、やたら犬グッズを集めているということ。
ガレットの写真をあげた時も、家宝にするなんて言ってたし、犬のストラップや犬の形をした消しゴムや、犬のイラストがプリントされたシャーペンも使っていた。
よく見ると羽柴の周りは犬、犬、犬と、犬だらけじゃないか。
どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。
まさか最近になって急に犬グッズを集め始めたなんて事はないだろうから、前からそうだったんだろうけど、案外分からないもんだな。
最初ガレットと会った時は震えてるみたいに見えたから、ひょっとして犬が苦手なのかと思ったけど、どうやら違ったらしい。本人も犬好きだって言ってたしな。
家がペット禁止って言ってたけど、犬を飼えない分、犬グッズに癒しを求めているのかも。
きっと羽柴の部屋の中も、犬グッズで溢れているに違いない。ベッドの枕元に犬のぬいぐるみが並んでいる様子が、用意に想像できる。
ここまでくると、間違いないだろう。羽柴はやっぱり……。
「……羽柴は、相当な犬好きだな」
もう確信を持って言える。
俺にはガレットがいるけど、きっと羽柴の犬に対する愛情は、俺の遥か上を行っているんだろうなあ。最近の態度を見てたら分かるよ。
けど、家の事情で犬は飼えないって言ってたっけ。
残念だなあ。もしも飼えたなら羽柴のことだから、毎日張り切って散歩するんだろうなあ。
俺にできることなら、力になりたいよ。
写真なんていくらでもあげて良いし、好きなだけガレットを触らせてやっても構わな……。
「……良いよなガレット。羽柴に触られても。ちゃんとモフモフしてやれるか?」
「ワン!」
「よしよし、良い子だ。今度本当に、散歩にでも誘って……いや待てよ。さすがにそれは馴れ馴れしいか? うーん」
羽柴なら気にしないかもしれないけど、やっぱり緊張する。
何せ俺は今まで、女子を遊びに誘ったことなんてないんだから、正解なんて分からない。
だけど羽柴の喜ぶ笑顔が見たいし、犬好き同士できる事があるなら力になりたい。
躊躇わないで勇気を出そうと、心に決めた。
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