第9話 おかしな設定が加わった!

 羽柴亜子、享年13歳。

 死因は犬に抱きつかれた事によるショック死と言う、世にも珍しい死に方だった……。


 …………って、私まだ生きてるから!



 なんて心の中でツッコミを入れてみたけど、本当はそんな余裕なんてなくて。恐怖にかられた私は指一本動かすことができずにいた。


 な、なにこれ。意識はあるのに、何だか魂が抜けて、幽体離脱でもしてるみたいに、体の自由がきかないよー!

 ど、どうしよう。と言うか、そもそもなぜこうなったのか、おさらいしてみよう。


 事の始まりは今朝。

 九条君にドッグカフェに誘われたは良いけど、今のまま行ったって醜態をさらすのは、火を見るより明らか。

 だから弓香ちゃんの提案で、早急に犬に慣れるための特訓することにしたの。


 その特訓と言うのは、実際に犬と触れあうこと。正直、今の私では難易度高すぎるけど、弓香ちゃん曰く。


『こうでもしなきゃ、一週間で何とかするなんて無理。九条君にお願いして、ガレットくんの散歩に行かせてもらうよ。いきなり犬の大群に囲まれるよりはマシでしょ』


 とのこと。

 ま、まあ確かに。急にたくさんの犬を相手するより、ガレットくんで慣れておいた方がいいか。

 と言うわけで九条君にお願いして、学校が終わった放課後、ガレットくんに会わせてもらうことにしたの。


 九条君もそれを、快く承諾してくれて。二人とも、こんな私のためにありがとう。

 持つべきものは友達だよ。


 と言うわけで弓香ちゃんと二人、待ち合わせ場所である公園のベンチで座って待っていたんだけど。

 突如駈けてきたガレットくんが、いきなり抱きつかれて、今に至る。


「き……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 乙女らしからぬ悲鳴をあげて、頭の中はパニック。

 ガレットくんだけなら何とかなるかもって思ったけど、いきなり抱きついてくるなんて聞いてないよー!


 朦朧とする意識の中、九条君と弓香ちゃんの声が聞こえてくる。


「こらガレット、ヤンチャするなって言ってただろ。羽柴、大丈夫……っておい! なんかすごいことになってるぞ!」

「あーあ、白目むいちゃってるよ」


 うぎゃ────っ!

 白目って。そんな恥ずかしい姿を、九条君に見られちゃったの!?


 こんな姿を見られちゃうなんて、もう最悪。

 ち、違うよ九条君。これはその、あの……とにかくなにか弁明させて!

 でもこのプチ幽体離脱状態じゃ、喋ることもできないー!

 このままじゃ九条君に、変な子だって思われちゃうー!


 しかし、天は私を見放してはいなかった。

 この混沌とした事態を収拾すべく、弓香ちゃんが動いてくれたのだ。


「はいはい、九条君。ガレットくんをそのまま離して、大人しくさせてー」

「あ、ああ。けど小野寺、羽柴はいったい何があった? 意識無いみたいけど、熱中症か? 救急車を呼んだ方が……」

「あー、大丈夫。大方ガレットくんにくっつかれて、嬉しさのあまり昇天しちゃったんでしょうね。この子嬉しいことがあると、意識が飛んで白目むいちゃう体質なの」


 弓香ちゃぁぁぁぁぁぁん! なに変なキャラ付けしちゃってくれてるのぉぉぉぉぉぉ!?

 そんなおかしな嘘、九条君だって信じてくれるわけ……。


「そうなのか? それじゃあ俺はガレットを引き受けるから、羽柴のことは小野寺に任せる」


 信じたぁぁぁぁぁぁ!? く、九条君って、意外と天然なのかな?

 け、けどまあよし。弓香ちゃんは九条君を離して、ペシペシと私の頬を叩いてくる。


「亜子起きろー。このままじゃ九条君に、犬嫌いの大嘘つきだってバレちゃうぞー」


 そんなの絶対にヤダ。

 弓香ちゃんが頬を叩くたびに、徐々に感覚が戻っていく。


「う、うーん」

「あ、気がついた? ほら、しゃんとして。九条君心配してるから、何か言ってやりなさい」

「はっ、そうだった。あ、あの、九条君」


 とにかく、何か言わなきゃ。だけどそんな私にかぶせるように、九条君が先に言った。


「羽柴ごめん。なんか、驚かせちゃったみたいで。こらガレット、悪さするなって言ってただろ!」

「くぅん」


 しょんぼりと項垂れるガレットくん。

 あわわ、違う違う。ガレットくんは何も悪くないから。


「き、気にしないで。私は、その……嬉しいことがありすぎるとテンションが上がって、気絶しちゃう体質なの!」


 焦った私は、さっき弓香ちゃんが言っていたキャラ付けを採用せざるを得なかった。

 ううっ、見栄をはって犬が好きだって言うのならまだしも、何が悲しくてこんなおかしな設定をしなきゃいけないんだろう?


 こんな嘘、普通なら疑われても仕方がないけど、やっぱり純真無垢の九条君は違う。


「ああ、さっき小野寺から聞いたけど、それって好きなものを思いっきり楽しめないってことだよな。なんか、大変だな」

「そーなの。で、この子こんな体質だから、今のままドッグカフェに行ったら絶対お店の中で気絶しちゃうって思ったわけよ。だから特訓のため、ガレットくんを連れてきてもらったってわけ」


 弓香ちゃんがもっともらしいストーリーをでっち上げてくれる。

 まあほとんど本当なんだけどね。違うのは、嬉しくて気絶するか、怖くて気絶するかの違いだけだよ。


「九条君だって、気絶した亜子をおぶって帰るの嫌でしょ。この子案外重いし」

「そ、そんなに重くないってば!」

「ま、まあとにかく、そうならないためにガレットくんで特訓したいなーって思ったんだけど、ダメかな?」

「ああ。そういうことなら、喜んで協力するよ。なあガレット」

「ワン!」


 快く引き受けてくれた九条君とガレットくん。

 変な設定が追加されちゃったけど、考えようによってはこれはチャンスかも。

 もしも特訓中に気絶したとしても、怖いんじゃなくて喜んでるって思われて、犬嫌いがバレるずにすむもんね。

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