ドッグカフェに行こう!

第7話 ドッグカフェへのお誘い

 週明けの月曜日。登校した私は朝のホームルームが始まるまでの時間、自分の席で弓香ちゃんと話をしながら過ごしていた。


 こうして二人で過ごすのが、いつもの日課。

 ただ最近はここに、九条君が加わることが多くなったの。


 ガレットくんと言う共通の話題ができたおかげで、九条君との会話は確実に増えているんだから。ガレットくんには、いくら感謝してもしきれないよ。

 私が犬に触れるようになった暁には、目一杯頭ナデナデしてあげるからね。


「……亜子、本当にそんな日が来るの?」

「来るの! いずれ九条君から『羽柴は犬の頭ナデナデ選手権のチャンピオンだなあ』って言われるくらいの、ナデナデ名人になってやるんだから」

「いや、それどんな名人よ? そんなおかしな選手権、聞いたことないわ!」


 弓香ちゃんのツッコミは、今日も切れ切れ。

 だけど今一つ物足りないのは、九条君が来てないから。

 チャイムが鳴るまで後5分しかないのに、隣の席は未だに空だった。


「九条君遅いな、どうしたんだろう? もしかして、風邪引いたのかなあ? だったら私に移してくれれば、早く治るのに」

「ちょっとちょっと、移せば早く治るってのは俗説だぞ。だいたい、亜子じゃ移らないから。何とかは風邪引かないって言うじゃない」

「失礼だよ!」


 だいたい、それも俗説だからね。

 現に私はバカだけど、風邪を引いた事くらい普通にある……って、自分でバカって認めちゃったよ。

 そんなことを考えていると。


「俺の名前が聞こえたけど、何?」

「く、九条君!」


 ビックリ。いつの間にか九条君が来ていた。


「お、おはよう。今日は九条君、遅いなーって話してて」

「ちょっと寝坊してな。急いでガレットを散歩に連れて行ったんだけど、やっぱ登校するのは遅れたよ」

「風邪じゃなかったんだ。そういえば寝坊しても、ちゃんとガレットくんを散歩に連れて行くんだね」

「まあな。朝と夕方に散歩に連れて行くのは、俺の仕事だからな」


 照れ臭そうに笑う九条君。

 そういえば犬って、一日に何回も散歩させなきゃいけないって、聞いたことがある。

 寝坊したのにちゃんと散歩に連れて行く九条君は、素直に尊敬するよ。


「あ、そうそう。昨日新しくガレットの写真撮ったんだけど、いる?」

「ガレットくんの? もしかして、私のために撮ってくれたの?」

「ま、まあ。羽柴、欲しがってたから」


 九条君が私のためにー!

 嬉しい、すっごく嬉しいよ! ありがとう、九条君!


 ただ一つ引っ掛かるのは本当は犬苦手なのに、嘘をついてるってこと。やっぱりちょっと良心が痛むなあ。

 すると、弓香ちゃんが呆れたようにため息をつく。


「亜子、あんた九条君から、いくつ写真送ってもらってるの?」

「え、ええと。全部で10くらいかな」

「少しは自重しなさいよ。……あんたの見栄っ張りに付き合わせちゃ、可哀想でしょ」

「はうっ!」


 九条君に聞こえないよう小声で囁かれたけど、胸をえぐるような破壊力があった。

 そ、そうです。私は九条君の人の良さにつけ込んで弄んでる、極悪人です。

 だと言うのに九条君は。


「そんな気にしなくていいから。喜んでもらえて、俺も嬉しいし」

「九条君、ありがとう……」


 ああ、やっぱり優しい。

 けどその優しさに甘えていたら、自分がどんどんダメ人間になっていく気がする。


 嬉しさと自己嫌悪が入り交じった変な気持ちになっていると、九条君が思い出したように言ってくる。


「そういえばさ。羽柴、犬好きだよな」

「う、うん。もちろん」

「だったら、その……今度一緒に、ドッグカフェに行かないか」

「えっ?」

 ドッグカフェと聞いて、昨日弓香ちゃんと話したことを思い出す。

 まだ修行途中の私がドッグカフェに行ったら、大惨事になりかねない。ワーワー悲鳴をあげるみっともない姿をさらし、周囲の犬を驚かせちゃうかもしれないし、ここは断るべき。

 断るべき、なんだけど。


「い、行くって。ふ、二人で?」

「あ、ああ……あ、もちろんガレットも一緒だから二人と言うか、二人と一匹なんだけど……」


 ガレットくんが一緒。とはいえ人間は、私達だけだよね。

 それってひょっとして、デ、デートォォォォッ!?


「い、行く! 雨が降ろうが、槍が降ろうが行く──もがっ!?」

「はいはーい、ちょっと落ち着こうねー」


 返事の最中、弓香ちゃんに口を塞がれて、後ろに引っ張ってる。


「あんたねえ、昨日話したこと忘れたの? ドッグカフェは、まだ早い」

「そ、そうだけど。せっかく誘ってくれたんだよ。行かないのは勿体無いと思わない?」

「気持ちはわかるけどさ。本当は犬嫌いだって、バレてもいいの?」


 う、それはヤダ。

 たくさんの犬に囲まれて怖がろうものなら、犬嫌いだって分かっちゃうよね。

 仕方がないけど弓香ちゃんの言う通り、今回は断ろう……。


「あー、悪い。やっぱり、男に誘われても迷惑だよな。ごめん、変なこと言って。今のは忘れてくれ」 


 ズッキューン!


 謝る九条君を見て、胸が撃ち抜かれたような気持ちになる。

 違う、迷惑だなんて思ってないから!


「全然迷惑なんかじゃないよ。むしろ嬉しいもん! 私、九条君と一緒にドッグカフェ行きたい!」

「ちょっと亜子!」


 弓香ちゃんが声を上げるけど、もう遅い。

 九条君も、パアッと表情を明るくさせる。


「本当か? いつが良いかな? 今度の日曜は、何か予定あるか?」

「よ、予定はないんだけど……」

「それじゃあ今度の日曜で。羽柴と一緒に出掛けられて、ガレットもきっと喜ぶよ」

「そ、それは良かった。あ、あの、でも私……」

「おっと、もうそろそろチャイムがなるな。ちょっと鞄片付けてくる」


 九条君は思い出したように、教室の後ろにあるロッカーに鞄を片付けに行ってしまい。

 後には引きつった顔をした私とげんなりした顔の弓香ちゃんが残される。


「……亜子、あんた本当にバカでしょう」

「ゆ、弓香ちゃん。ど、どうしよう?」

「さあ。こうなった以上、腹をくくりなさい。一応デートなんだし、楽しんできたら」


 そ、そっか。これってデートになるんだよね。

 ふへへー。はははははー。そっかー、デートかあー。考えようによっては、案外悪いことじゃないかも。


「まあ、これが最初で最後のデートになるかもしれないけどね」

「そ、そんなー! えーん、やっぱりヤダー! 弓香大明神様ー、何とかしてー!」

「ええい、放せ。神の忠告を聞かなかった罰当たりめ、これは天罰だと思え!」


 しっかりボケで返してくれたけど、事態は何も好転していない。

 ど、どうしよう。犬嫌い、まだ全然克服できていないのにー!


「まったく、しょうがないわねえ。こうなった以上、ドッグカフェに行くまでに、犬嫌いを治すしかないわね」

「う、うん。やっぱりそうなるよね。けど、そんな事できるかなあ?」

「できるかなじゃなくて、やるの。そのためにはやっぱり……」


 弓香ちゃんはそっと、教室の後ろに移動した九条君に目を向ける。


「特訓には九条君の……ううん、九条君達の協力がいるかな。下手したらドッグカフェを待たずして、特訓中に嘘バレする可能性もある、危険な方法だけど」


 ええーっ!? 弓香ちゃん、いったい何をする気なの?

 何だかとっても不安だけど、このままドッグカフェに行ったんじゃどのみち大変なことになっちゃうかも。

 つい勢いで行くって答えてしまった私に、選択肢なんて無かった。


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