第3話 スモウレスラーより総理が怖い

「総理。前回は肝心な時に、よくも着信拒否してくれたな」

「アレは物理的に電波の届かない場所にいたまでです。いや、悔恨の極み」

「仕事か?」

「いえ、楽しく映画を見ておりました」

「そ、そうか」


 なんでも、映画館とやらに入ると、電話が通じなくなるらしい。勉強になるなー。って、今、「楽しく」って言わなかった?


「お前、それはもしかして仕事ではなく趣味じゃないか。悪いと思ってないだろ、本当は」

「滅相もない。咎と思っているからこそ、今日はこのような物をお持ちしました」


 そう言って総理は、何やら丸っこい鍋を取りだした。そしてそれを、私の目の前でなぜか火にかける。


「なんだ、それは」

「これはカセットコンロと言いまして、魔法ではなく……」

「下じゃなくて鍋の方だ!!」


 くそっ、絶対こいつ分かってやってやがる、狸め。落ち着け落ち着け、短気を起こすな私。


「中身は、ちゃんこですよ」

「ちゃんこって……スモウレスラーの好む料理か」

「はい。お出汁で野菜や肉、海鮮を煮込む鍋です。もう少し経てば煮えてくるでしょうから、しばしお待ちを」


 私は鍋をねめつけた。時間経過とともに美味そうな匂いがしてくるのが、ちょっとムカつく。


「食べるとは誰も……」

「お箸ってうまく使えないので、フォークでいってもいいですか」


 副官が真っ先に裏切りやがった。どうしよう、同族不信になりそう。


「ん、美味しい! ほらあ、魔王さまも」

「……そこまで言うなら一口だけ……」


 そう勿体をつけながら食べた鍋は、正直とても美味かった。柔らかくなった野菜に肉、身が締まった魚介をふんわりと出汁が包み込み、あっさりしているのに物足りなさは全くない。どんなものか分からないと避けていたことを悔やむほど、私はすぐに食べ終えてしまった。


「わ、悪くはなかったぞ。だがちょっと物足りないがな」

「……そうでしょうね。本来は最後に『ご飯』と卵を入れて雑炊にするのですから」


 総理の目の奥で、邪悪な何かがきらめいた気がした。


「完全なるちゃんこを食べていただけなかったのは残念至極でございますが、ないものはないのだから仕方ありませんねえ」

「う……」

「卵は用意してあるのですが。あー、残念残念」


 幾度か迷った末、私は敵の罠にあえて乗ることにした。どうせこの総理、私に米を食べさせて「う、うまいっ!!」とか言わせるつもりだろう。そうして復活させろと煽るのだ。


 だから食って見せて、「ふん、たいしたことはないな」とか言ってやるのだ。決して食べてみたいとかではないからな。


「……おや、こんなところに少量の『ご飯』とやらが」

「それは良かった」


 総理はそれを受け取ると、溶いた卵と共に鍋に残った出汁に投入した。軽くかき混ぜて、卵が固まったらもう完成らしい。簡単な料理だな。


「では、どうぞ」


 よそわれた雑炊をちらっと見てから口に含む。言う言葉はもちろん──


「う、うまいっ!!」

「……魔王様、完全に前振り通りになりましたね」


 副官の視線が背中に突き刺さる。


「ち、違う!! 馬、そう、馬がいいと……」

「今更遅いですよ」


 副官は私の弁明すら思いっきり拒んだ。


「どうです? 魔法を解いて一緒にご飯を楽しみませんか」

「一生、絶対解くもんか──!!」


 私は泣きたい気分になって叫んだ。いやだって、美味かったんだもん。なにこの穀物。もちっとして水分を含むから、具材の旨みを全て中に吸い込んで、それでいてさらさらと食べられてしまう。正直バフムより美味い。こんなものを放置していたら、輸出なんて進むはずがないのだ。


「分かっていただけると思っていたのですがねえ」


 総理は私の内心を見透かしたかのように、低く笑った。


「……それでしたら、彼らを呼ばなければなりませんね」

「え?」


 私が戸惑っている間に、総理の背後には、鋭く尖った長ーいナイフを構えた集団が並んでいた。しかも衣装はそろって白装束。なにこれ、暗殺集団?


「彼らは善良な日本国民でして。是非とも陳情にあがりたいと」

「嘘だ。絶対カタギじゃない」


 やけに自然にナイフ持ってるカタギがいてたまるか。


「……魔王様が怯えていますが。彼らはなんなのです? 総理」

「よくぞ聞いてくださいました。彼らはこう呼ばれているのです。スシ・マスター、大将と……!!」

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