第69話 最後は歓喜のテマキズシ(中編)

「ご飯の粒を潰さないよう、切るように混ぜると美味しくできますよ」


 ……幸い、米粒が全て破壊される前に総理の妻が止めてくれた。グッジョブ。


 なんとかできあがった寿司飯を前にして、婚約者が息をつく。


「このお料理もきっと美味しいのでしょうね」

「ええ、もちろん」

「でも、こんな木の食器は地下では普及していませんわ。どうしましょう。やはり、この容器でないとダメなのですよね?」


 不安げになった婚約者に、総理の妻は微笑みかけた。


「いいえ。ご家庭では不要です。普通のボウルでも、大きくて混ぜられるなら大丈夫」

「容器の大きさだけが問題なら、なんとかなりますわね……」


 ほっとした彼女の横で、孫娘はせっせと具材を切っていた。


「おばあちゃん。後は卵だけなんだけど、焼くのお願いしていい?」

「すぐ行くわ」


 総理の妻は素早く身を翻し、溶き卵を小さなフライパンで焼いていく。確かに焼き付けているのに表面がまったく焦げず、美しい黄色の卵焼きが次々に出来上がっていった。


「孫、さすがにこれができないから呼んだな?」

「うっさい!!」


 孫娘がべーと舌を出す中、具材が出そろった。


 卵の黄色、紫蘇の緑、海苔の黒。そして様々な色の魚介類。白だけではみすぼらしかった食卓も、色が入ると一気に華やかになる。


「お、手巻き寿司じゃないか。いいねえ」


 独身じゃ滅多にやらないからな、と大臣は嬉しそうである。その横を、総理の孫娘がぱたぱた駆けていた。


「しかし、スシを握るのにタイショーたちは呼ばなくていいのか?」

「にぎり寿司は特殊な技術が要りますが、これは好きな具を海苔とご飯の上に載せて、巻くだけ。だから、家庭でも簡単にできるんですよ」


 なるほど、できる限り手抜きをしたスシということか。しかしネタは良さそうだ。海鮮全部盛りの豪華なスシを作ってやるというのも悪くない。


「ちゃんと順番を守ってくださいね。今回は無礼講ですから、自分の分は自分で取ること。どれだけとっても自由ですが、他の方に少しは遠慮してください」


 総理の妻は、ピンポイントに私を見ながら言った。なぜか頭の中を読まれている気がする。


「はい、最初の方からどうぞ」


 一同はめいめい好きな具材を手にし、せっせとそれを海苔と寿司飯で巻いていく。


 私はぬかりなく食材に目をやった。獲物に相応しいのは……まずはトロ。魚の王様というらしいしな。前に食べた時も一番うまかった。


 巻けるだけの量をとって、くるくる巻く。うん。思ったより簡単だな。それを適宜醤油につけて食べるだけの、お手軽料理のようだ。


「む、これはこれは」


 前のスシのような、口の中でなくなっていく儚さはない。だが逆にどっしりとしていて、一本食べただけで結構な満足感がある。確かに家庭で子供らの腹を満たそうと思ったら、こっちの方が向いているだろう。


「しかし、最初にトロとはちょっともったいないことをしましたね」


 食べ終わると、横の総理からそんなつぶやきが聞こえてきた。


「何故だ。最高に豪華で美味かったぞ」

「愚か者。最初にそんな油っぽい魚を食べたら、後の味がよく分からなくなるに決まってるだろうが」


 私が反論すると、大臣が皮肉っぽい口調でツッコミを入れてきた。……確かに前回スシを食べた時は、白身の魚から出されたような気がする。おのれ、完璧だと思っていた計画にいきなりケチがついた。


「時を巻き戻せばこの失態はなかったことに──」

「寿司の順番程度で、超高位魔法を使うのはよしてください」


 副官が、私の後頭部に全力のチョップをかます。うっかり大声をあげそうになるくらい痛かった。


「失礼いたしました。こちらのお詫びとして、日本酒で最高と言われるものを出してきましょう」

「ほう、これは素晴らしい。ありがとうございます」

「日本酒にはいくつか種類があって……」


 まだ総理に説明したそうな副官の間に、大臣が割って入った。

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