第68話 最後は歓喜のテマキズシ(前編)
飯の時間が終わり、自衛官たちを追い出す。そして夕方になってようやく、向こうに処理をしに行っていた副官が戻ってきた。なぜか連れて行っていた犬も一緒だ。
それから少し遅れてこちらに来た総理は、疲労の色はあったもののさっぱりした顔をしていた。その横の農林水産大臣は、今にもこちらに噛みつきそうな顔をしているが。
「魔王様。敵の大将、最終的にはどうなりました?」
「死罪に決まってるだろうが、そんなもの。見せしめに、ありとあらゆる魔術の実験台にしてやったわ」
ちなみに致命傷を与えたのは私の副官である。翼の王は結局全てを私の軍に任せ、ただ静観していたという。奴の立場を考えれば、そうするしかないのだが。
「おお、怖い」
総理が大げさに肩をすくめてみせたが、絶対怖がっていない面をしていた。それとは反対に、大臣の方はやや恐怖の色を見せる。ふふん、面白いものを見たぞ。からかってやろう。
「……こんなことになる前に、事前になんとかできなかったのか」
「貴様にデカい顔をされる筋合いはない。どうせ怯えて逃げ回っていたのだろう」
それを聞いた大臣は、即座に眉間に深い皺を刻んだ。
「戦闘になったが、未知の物質が飛散した可能性はないか、土壌汚染はないか──各方面からひっきりなしに来る問い合わせと、外務省との折衝でひたすら追いまくられていたんだがな。それもこれも全部貴様らが悪いッ!!」
「そういうのを八つ当たりと言うんだバカ。私は退治してやった側だぞ。事実の認識が正しくないからモテないんだ」
「なんだと、この──」
新たな言葉を紡ごうとした時、急に目の前が明るくなった。火花を飛ばし合う私と大臣の間に、本物の雷光が割って入ったのだと気付くまでにしばらくかかった。
「はいはい、喧嘩はそこまで。どちらも得意分野を生かして、事態の収拾に努めてくださったんですから、仲良くしましょう」
「ワン」
横手で副官が手を叩いている。犬がそうだそうだという顔をして、うなずいているのがいっそう私を苛立たせた。
「本物の魔法を私に向けて撃つな!」
「ワウーン」
「回避できなければそれまでの男、と我が愛犬が申しております」
「貴様に器をはかられる覚えはないぞ!?」
……とまあ、こんな感じで一気に緊張感が薄れてしまい、なんとなしに祝勝会が始まってしまった。本当はやるつもりはなかったのだが、奥方がいい料理があると言うので、婚約者が乗り気になってしまったのだ。
「今日はどんなお料理ですの?」
「お祝いですから、お寿司にしようと思って。さっき、お米を出していただいたの」
確かに、総理の妻は出された米をせっせとといでいる。その不合理な様子を見て、私は呆れた。
「わざわざ米を出してどうする。炊きあがった飯から作ればいい話だろうに」
「少し固めに炊いておかないと、出来上がりが柔らかくなりすぎるんですよ。寿司酢が入りますからね」
「ふーん」
そう言えば前のタイショーたちも、米から準備していた気がする。……その時は状況が殺伐としすぎてて、とても聞ける雰囲気じゃなかったもんな。
「米酢に砂糖と塩を混ぜたら、寿司酢は完成」
「これをもしかして、飲むんですの? すごいにおいがしますが」
どうして良いか分からない顔で、婚約者がおろおろしている。総理の妻は彼女を見て、にっこり笑った。
「違いますよ。これは、お米に混ぜるんです」
総理の妻はそう言うと、濡らしておいた大きな木桶の水分を拭き取って、炊きたてのご飯をその中に入れる。
そしてしゃもじを伝わせるようにして、寿司酢をご飯にかけていく。婚約者は興味津々といった顔で、じっとそれを見つめていた。
「混ぜてみますか?」
「いいんですの! やります!」
婚約者は飛び上がって喜んだ。
「底からしっかり混ぜてくださいね」
最初はおそるおそる手を伸ばしていた婚約者も、だんだん大胆になっていく。しゃもじが凄まじい速さで前後していくのを見て、私は不安になってきた。
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