第10話 狂気のコメ・増殖術(前編)
「魔王様、総理の孫とやらからこんな手紙が」
「もうあの女の話はするな……」
一週間ほどしかたっていないのに、大昔のような感覚だった。嫌な記憶過ぎて、忘れたいのかもしれない。
「開封しないと押しかける、と但し書きがありますが」
「やっと帰ったと思ったのに、また要らんもめ事を持ち込むのか、あの女は」
どんな手紙でも、顔をつきあわせるより遥かにマシだ。私がしかたなく封を開け、白紙便箋をめくると──そこに大きく、こう書いてあった。
「ひとめぼれ、だと……」
一目惚れ:【名詞】一目見ただけで好きになること。
「あの女、まさかあの短期間で私に惚れた……のか?」
じ、自分の魅力が怖い。なになに、地上に出たことでまだ見ぬ魅力が開花したのか?
「いや、落ち着け。正気に戻れ」
ほら。下級種族となんかあったと思われたら、やっぱり問題だし。私は国に婚約者もいるわけだし。あの娘、よく見たら器量もまずくないかも、とか全然考えてないし。
「魔王様、盛り上がっているところをたいそう申し訳ございませんが」
「ん?」
「ひとめぼれっていう米の品種があるみたいですね。この前食べたおにぎりの米がそれで、早くそれだけでも復活させろって」
よーく便箋を見ると、下の方に本題が書いてある。なぜこれに気付かなかった。
「世辞ですらなかったわけか!!」
顔を上げた副官がニヤニヤ笑っている。これでは、勘違いした自分が恥ずかしいだけではないか。
私は副官に、絶対に口外するなと釘を刺しておいた。婚約者の小言をわざわざもらいたくはない。
「……まったく、紛らわしい!! 品種につけるなら、もっと高貴な名にすべきだろう!!」
私が怒ると、副官が伸びをしながら言った。
「仕方無いですよ。品種が多すぎるから、そのうちネタ切れになってくるんでしょう」
「……そんなにあるのか?」
「四年前のデータですが、その時で八二四銘柄ありますね。多分、今頃はもう少し増えてますよ」
バフムには品種が十三しかない。それが当たり前だと思っていた私は、その数に一瞬圧倒されてしまった。
「粘りや粒の大きさ、甘味のつよさ、もっちり感……など細かい項目にこだわっていくと、細分化しちゃったみたいですね。私なんかは、何を食べてもだいたい美味いと思いますが」
「いや、それが普通だと思うぞ」
日本人のこだわりが異常なだけだ。奴らの魔物じみた思考がスタンダードだとは、決して思ってはいけない。
「しかし、そんなに違うかなあ。聞いてしまうと気になるから、ちょっと食べ比べてみるか」
「ではパソコンとやらを持ってきましょう」
一応無理のない範囲で、四種食べ比べということにしてみた。ネットを駆使して(我々にはそのくらい楽なことだ)、米の情報を手に入れる。
「ひとめぼれ、コシヒカリ、ななつぼし、ササニシキ。味の系統が違うと言われる米をそろえてみたぞ」
「では始めますか。ちょっと楽しくなってきましたよ、私」
悔しいが、私もその通りだ、とは副官に言えなかった。
※辞典参照:goo辞書
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