第9話 ギャル・ニンジャ、顕現す(後編)

「……で、その先輩とおにぎりに、なんの関係が?」


 私は首をかしげながら聞いた。


「先輩はおにぎり屋をやってたんだ。けど、お前らのせいで、開店たった一日で店が続けられなくなった!!」


 なるほど。米が主体の店だと、売る物自体が消え失せてしまうわけか。確かに、それは困っただろうな。……私の知ったことじゃないけど。


「とにかく、元に戻せよ!! このままじゃ商売もクソもないだろ!?」

「おい、人に指を突きつけてはいかんと習わなかったのか」


 なんで来て少ししか経たない私が、こっちの世界の女に礼儀を教えないといかんのだ。理不尽な。


「ついでにその先輩もお呼びしてあります。元気をなくされていておかわいそうでしたので」

「総理、その前にお前にはやることがあるだろうが!!」


 総理は平伏するどころか、もう一人女を招き入れた。こちらの女はこざっぱりとした前掛け姿で髪も爪も短くしている。少なくとも、見苦しくはなかった。


 だから私は、こう言葉をかけてやる。


「別におにぎり屋じゃなくてもいいじゃないか。佃煮屋をやれば。今や寿司屋はすっかり、刺身屋として営業していると聞くぞ」

「嫌です」

「業種変わってるじゃんか!! 先輩がやりたいのはおにぎり屋であって、佃煮屋じゃないんだよ!!」


 二人が血相を変える理由が分からず、私はしばしきょとんとした。


「先輩の旦那さんの家は、新潟の米農家なの。実家のお米はめちゃくちゃ美味しい。でも、米の消費は伸び悩んでる。だから、その味を紹介するためにおにぎり屋を始めたんだ」


 孫が話を切り、きっとこちらをにらみすえた。


「理想の炊き具合、具、握り方……あんなに努力してたのに。それが、お前らのせいで全部台無しだ!!」


 目元を赤くする孫を見て、副官が嘆息した。


「それで乗り込んできたんですか。意外と面倒見いいんですねえ、あなた」

「先輩には良くしてもらったんだから、最後まで付きあわないと」


 高校を卒業したらアルバイトする、とまで約束していたのだという。


「ってわけで魔王! さっさとこっちが指定する米を出せ。勿論、炊きたてのベストな状態のやつな!!」


 結局私は勢いに押し切られて、言う通りにしてしまった。畜生、後で覚えてろよ。


 驚いたことに、孫は米を見ると湯に手をつけ、爪の凶器をぷつぷつ外し始めた。


「何をしている?」

「付け爪外してんの。食べ物に触るんだから当然だろ?」


 意外にしっかりした衛生概念を持っている。……これでなぜ、礼儀作法がすっぽ抜けているのか不思議だ。


 私が考えている間に、彼女は袖をまくって準備を終えていた。


「先輩。鮭はほぐしておきました」

「ありがとう。そろそろ握りましょうか」


 一緒におにぎりを作っている姿は、楽しそうだった。それでいておにぎりは着々と出来上がっていて、仕事が早い。見えないが、彼女たちも大したニンジャなのかもしれないな。


「はい、どーぞ。遠慮無く食べて、目を回せばいいんだ」


 差し出された三角形のおにぎりは、ご飯に艶があって、見ているだけで美味そうだった。私は手を伸ばし、手近な一つをつまみ出す。


「うん、これはこれは。結構なお点前で」


 寿司の時にも通じるが、上手い奴が握ると米が圧縮して硬くなる感じが全くない。ふわっとほぐれて、塩味の強い具と絶妙に混じり合う。定番だという鮭・昆布・おかかを試食したが、全部とても美味しかった。


「ふん。これをなくすのが損失だって分かったか?」

「……だが、ダメ」


 いや、美味しかったけどさ。さすがにそれとこれとは別問題だし。そこはちゃんとしないとね。


 すると孫は、真顔でこちらに近付いてきた。


「先輩、ちょっとそっち持ってください。雑巾みたいに絞ってやる」

「それはノーサンキューだ腐れ孫!!」


 私は久々に魔法を発動させ、先輩と孫を地面に向けて押しつぶした。さっきの復讐である。


「くくく、普段の何倍もの重力をかけてあるからな。早々起き上がれまい」


 久しぶりに格好良いところを見せた私が勝利宣言をすると、孫は顔を真っ赤にして──こう叫んだ。


「魔王がパンツ見てる!!」

「ち、違うわ!!」


 決してそれが目的でやったわけではない。下等種族の下着なんぞ、どうして私が見て喜ばなければならないのだ。


「エロ」

「エロスライム」

「十八禁」

「黙らっしゃい!!」


 私が大人しく聞いていれば、どいつもこいつも憎たらしいことを言う。ええい、これでは心臓に悪いばかりで復讐にならんじゃないか。


「どっちにも興味はないから、とっととこのまま帰れ!!」


 魔法を解除し、そのまま総理に二人を引き渡す。孫は先輩を抱えて逃げ出したが、その視線の鋭さは全く衰えていなかった。


「これで終わりと思うんじゃないわよ。また来るからね!!」


 孫の言葉が遠く消えた後も、私は入り口の扉から目を離せずにいた。


「……来るかなあ」

「絶対来るでしょ、あの性格だと」


 私の喉から、ひたすら長いため息がもれた。

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