第16話 おお、勝手に広がる日本中華の世界(三)

「やけに毒々しい色だな。これはなんだ?」


 目をすがめる私に、副官が答えた。


「そちらはエビチリですね。甘辛いソースで新鮮な海老を炒めた料理です。中華の中でも、大変人気がありますよ」

「でも、だいぶ赤いぞ?」

「色はケチャップの赤ですから、子供でも食べられますよ」


 試しに口に入れてみた。確かに見た目ほど辛くなく、むしろ甘味が先に来る。刻んで入っている葱と、ぷりっとした海老とかいう海産物の相性は抜群だ。


「これは米が欲しくなるな」


 丼じゃないのに、結局丼みたいになってしまう。私は二杯の飯を平らげてから、ようやく息をついた。


「美味い。気に入ったぞ」

「いまや、大体の中華料理店に当たり前のようににありますからね。偉大な料理人の存在に感謝です」


 向かいで満足そうにしている総理に、私は聞き返した。


「料理人?」

「はい。この料理は、一人の料理人が作り出したもの。本来は宮廷料理が得意な方だったそうですが、日本に店を構え、国民の舌に合う料理を作ることに尽力されました。彼の息子も孫も料理人になっておられますよ」

「へえ」


 そんな話をしているうちに、エビチリを全部食い尽くしてしまった。空になった器をいじましく眺めていると、不意に孫が口を開く。


「あたし、エビマヨも好き。ねえ、追加で出してよ」


 おのれ、なんという屈辱。うちは出前をやってる店じゃないぞ。


「ダメ。大人しく、他のを食べてろ」

「ちぇ、いいよ。他のをマヨ風味にしてやるから」


 そう言って、孫は懐から何かを取りだした。


「マイマヨ! 持ち歩いてるんだ」

「狂気の沙汰か」


 つぶやいた私への面当てのように、孫は小さなボトルを振ってみせた。


「そもそもマヨとはなんだ?」

「マヨネーズの略称ですよ」


 副官が答えた。


「卵と酢、それに油を混ぜた調味料です。さっぱりした味とは言いがたいですが、愛好者は多いようですね」


 私は孫が絞り出す、薄黄色の半個体を見て顔をしかめた。


「あんなものも料理に使うのか」

「マヨネーズそのものは好みが分かれますが……調味料として上手く使うと、乙な一品になるものですよ。さっきお嬢さんが言った、エビマヨもそうです。レモン汁やシロップ、他のクリームなどで上手にバランスを取るんです」

「へえ」


 孫のぬったくり料理とは違うわけか。少し興味がわいてきたぞ。


「それも同じ料理人が作ったのか?」

「残念ながら違いますね。とある老舗のシェフが、アメリカで食べた海老料理が──」

「分かった。あまりに美味くて再現してみせたんだろう?」


 魔王様だからな。それくらいの推理力はある。


「あまりにマズくて、自分なりに作ってみたのが始まりだそうです」

「そっちだったかー」


 予想を外したわけではない。正反対だっただけだ。


 冷や汗をかいている私に、総理が皿を差し出してくる。


「こちらは回鍋肉。エビチリを広めた料理人が、中国料理をアレンジしたものなんですよ。本場ではキャベツじゃなくて葉ニンニクを使うんですが、日本では手に入りづらいので」

「へえ」


 少し辛味のある味噌と、くたっとしたキャベツが絶妙に絡んで美味い。私は、マヨなんとかよりこちらの方が好きだな。飯も進むし。


「ニンニクといえば、こっちの料理もそうですね」


 総理は残っていた皿の一つを指さした。


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