第4話 タイショーの明確なる殺意

「た、タイショー……」


 なんか強そうな名前の奴らが出てきたな。確か軍隊の階級でそんなのなかったっけ。魔法を使えば絶対勝てるけど、目の前の相手が刃物振りかぶってくるのは嫌だなあ。


「捌く……」

「米のない、行き場のない刺身を捌く……」

「虚しい……虚しい……」


 しかもなんとなく目がうつろで、ゾンビみたいに同じ事繰り返してるし。


「僭越ながら解説を。彼らは皆、厳しい厳しい修行に耐えてここまできました。それを一気に取り上げられたのです。そりゃゾンビにもなるでしょう」

「修行?」

「寿司は奥深く、『シャリ炊き三年、合わせ五年、握り一生』とも言います。彼らほどの立場になっても、研鑽は続けているのですよ」


 やだなー、飯を小さく握るくらいでその過剰な情熱。適当に握れば終わりじゃないか。そうじゃなきゃ機械にやらせるとか。こいつらは一時が万事脳を使わないから、きっと魔法も使えないんだ。


「ですから、彼らが刃物を持っているのもやむにやまれぬ事情ゆえ。決してあなたを威圧しようとか、隙あらば刺してやろうとか、そんな物騒なことは思っていませんよ。ねえ?」


 総理に振られて、タイショーゾンビたちは力なくうなずいた。私はにわかに信じられず、困惑する。


「それもそうですね。そこまで修行したというのなら、大事な仕事道具を汚すようなマネはしないのでは?」

「そ、そうかな」


 副官が言うことももっともだ。魔法を使うにも体力がいるし、スモウレスラーと違うというなら穏便に帰してやってもいいのだが。


「仕事道具は……大事だから……」

「これは……新しいやつ……」

「わざわざ刃物購入してる時点で殺意がひたひたと満ちてるだろゾンビ軍団」


 やっぱりこの総理の言うことなど信じてはいけない。危ないところだった。


「明らかにカウントダウン始まってますねえ」

「仕方無い。今度は町の外まで吹き飛ばそう」


 世の中は厳しいんだ。悪いな、タイショー。


 私が構えを取ると、総理はあからさまに眉を八の字にした。


「彼らを追放されると困りますねえ。私、今日は美味しい寿司を食べるつもりで来たのですが」

「……お前、また私に米を出させるつもりか」

「寿司、食べたくないんですか? 彼らは普段、予約が取れないほどの人気職人ばかりですよ」


 くっ、一回うまくいったからって何回も同じ手を使うとは。だから下等民族と付き合うのは嫌いなんだ。ばーかばーか。


「魔王様、言いよどんでないで早く出してください」


 もはや副官は私の味方ではなかった。……なんだか急にどっと疲れて、責める気にもならない。


「握って食べたら素直に帰るんだろうな」

「はい、それはもう」

「約束だぞ!」


 私が根負けして炊きあがった米を出すと、職人たちは頭を垂れた。


「米……」

「米だ……」

「でも、あれが足りない……」


 ため息をつく彼らの代わりに、総理が口を開いた。


「ああ、米と一緒に米酢もお願いしますよ。寿司は普通のご飯でなく、酢飯を用いますので」

「注文が多いな!」


 タイショーたちは、米と酢、刺身とわずかな調味料を目にすると、黙々と仕事に専念し始めた。目には光が戻り、その手さばきには迷いがない。理解しがたいが、彼らの寿司にかける情熱は本物のようだ。


「準備が整ったようですよ。あ、私は鯛をお願いします」

「……お前、なんで私より先に頼む? まあいいか、同じ物を頼む」

「へい、かしこまりました」


 間もなく、私の目の前には「寿司」とやらが置かれた。つやのある新鮮な魚の切り身が、一口サイズの米の上に乗っている。


「醤油をつけて食べてください」

「こうか?」


 その小さな塊を口に入れた途端、下の飯がぱらりとほぐれる。熱すぎも冷たすぎもせず、酢とやらがふわっと香る絶妙な温度。それと一緒に醤油のついた白身を噛めば、塩味と酸味、それに旨みが一体となって、何品もの料理を食べたように感じられる。


 思わずため息を漏らした私を見て、総理が笑った。


「修行も捨てたものではないでしょう?」

「……ま、まあな」

「どんどんどうぞ。白身に飽きたら、赤身や貝もありますので」


 私は総理の提案に乗って、次々と寿司を平らげた。具材はその都度変わるのに、寿司飯が柔軟にそれを受け入れるのが素晴らしい。


 夢中になって食べていると、ふとあることに気付いた。


「……職人が一人足りない気がするが」

「チッ」


 私がそう言った途端、背後から舌打ちが聞こえてきた。……もしかしたら今、ものすごくヤバかったのではないだろうか?


「おい、総理」

「トロをください。魔王様もトロをお望みです」

「そんな話はしてないぞっ!!」

「魔王様、うるさいですよ。もう一回穴子をください」

「お前は副官のくせに、清々しいまでに私の味方をする気がないなっ!!」


 私は今のことを追求したかったのだが、のらりくらりとした総理たちに誤魔化され、結局ひたすら寿司を食べる羽目になった。


「──では、私共はこれで。どうでしょう、米を解禁なされば、地上のあちこちでこういう素晴らしい寿司が食べられるのですよ。勿論、ごちそういたします」


 片付けを終えてタイショーたちが去った後、総理の口元が不敵に笑っていた。


「解除はしない……だが、もう、どこへなりとも行ってしまえ」


 寿司で満腹になっていた私は、手を振り振りそう答えるしかなかった。下等民族め、いずれ思い知らせてやるからな。



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