第5話 日本人よ、そこまでしてなぜ餅を食うのか
今日は総理も、変な陳情の奴らもいない。バフムの運び込みと、取引の概算をゆっくり行えると思ったのだが。
「……副官よ」
「なんですか? 魔王様も食べますか、アイス。冷たくて美味しいですよ」
「今更、何故お前の方が先に食べているのかという疑問を呈しても無駄だろうな」
「はい、聞くだけ無駄です。アイス食べましょう」
副官は、アイスの容器をこちらに差し出してきた。二個セットになっていて、そのうち一つが空になっている。
思い切ってそれを口に放り込んだ。もちもちと弾力のある生地の中に、柔らかい味わいのクリームが入っている。うん、尖ったところはないが、クセがなくて優しい味だ。……もったいないから全部残さずに食べてやったぞ。
「外はアイス、という冷たいのじゃないんだな」
「餅ですね。この国の住民が好んで食べる菓子です」
「ふうん。変わったことを考えるもんだな」
「それは定番ですけど、違うメーカーの出した限定品もすごく人気なんですよ。発売当初はどこでも買えなくて、困った人間が続出したとか」
やけに副官が熱弁する。そういえば、甘い物好きだったなこいつ。
「たかが餅が入ってるだけで、迷惑な話だな。日本人っていうのは、そんなに餅が好きなのか」
「好きみたいですねえ」
「そういえば、餅米や酒米だけでも許可してくれって陳情もあったな」
あっさり一蹴したので、今の今まで忘れていた。
「餅は喉に詰めると窒息の危険があるんですが、それでも日本人は食べますからね」
「え?」
「嘘じゃないですよ。毎年餅をよく食べる季節になると死人が出てて、注意喚起がされているそうです」
「撲滅しろよ、そんな食べ物」
聞けば、伝統食なのでそうそう辞められないのだという。
「喉の機能が落ちている年寄りも大好物だそうで……」
「どいつもこいつもバカなのか」
この国の人間の考えていることはさっぱり分からない。バフムなら、少なくても食べて死ぬことはないのに。……やっぱり、特別に法律でも作らせようか?
「法律にして禁止したところで、聞く連中とは思えませんけどね。コワい話を総理から聞いちゃったんですよ」
副官がやけにシリアスに言うものだから、私も不安になってきた。
「……河豚、という魚がいまして。こいつらは、卵巣に人を殺せるほどの毒をためこんでるんですが」
「まあ、地底にもたまにいるよな。毒持ちの生物」
「日本人は、その卵巣を塩漬けにして食います」
「ホワッツ?」
思わず、覚えたての他国地上語が出てしまった。なんで毒のある部位と知っていて食べるんだ。このおたんこなす。
「なんだ? 怪しげな組織が儀式の時に食べたりするのか?」
「いえ、普通に一般市民が食べるもので」
「……そいつらはなんだ? 強化人間か何かか?」
「塩と糠に卵巣を三年漬けておくと、毒が抜けて食べられるようになるそうですよ」
どうしてそこまでして食べるの。別に飢えてもいない国のくせに。
「それにしても、三年もかかるのか……食いしん坊のくせに、やけに気の長いマネをするんだな」
「ああ、それはね。解毒の具体的なメカニズムが分かっていないので、古来の方法を変えると毒が残ったままになる可能性があるんですよ」
うん、もうワケ分かんない。
「ちなみに、無許可で作った卵巣漬けではガッツリ食中毒が出ました」
「この間抜け──ッ!!」
「でもねえ、ルールさえ守れば販売中止にはなってないんですよね。ま、こういう民族ですから、餅ごときでへこたれはしませんよ」
「うぬぬ……」
そんなバーサーカー共の前で王の威厳をどう保つべきか……これはちょっと、テコ入れが必要かもしれぬ。
「副官よ。私にちと魔法をかけてくれ」
「お、魔王様。もしかして『アレ』をやる気ですか?」
「その通りだ。さっさとしろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます