第14話 おお、勝手に広がる日本中華の世界(一)

 やった。私はついにやったのだ。


「見ろ。これが完璧なるバフム団子・改良版だ。ありとあらゆる栄養素を、バランスを考慮して配合してある」


 しかし、試食し顔を上げた孫の顔は惨憺たるものだった。


「なにこれ、まっずい。賞味期限切れてるんじゃない?」


 孫はせめてもの礼儀とばかりに全部食べたが、最後には吐き出しそうな様子になっていた。


「しかしだな。健康にいいんだぞ」

「あたし、いらなーい。マズいもの食べてまで長生きしたくないから」


 かける言葉はもはやない。脳まで胃袋でできてるのか、この民族。


「勧めるんならもうちょっと味をなんとかしな。じゃ」


 暴虐の化身のような孫はそう言って、皿を片付けもせず帰った。デジャヴ。嫌すぎる遺伝である。


「……魔王様、たいへん切ない顔になってらっしゃいます。何かお作りしましょうか?」


 計画が失敗したことをずっと悔やんでいても仕方無いから、何かしようと思っているだけだ。──決して、ヤケ食いとかじゃないからな。


「魔王様、最近はラーメンがお好きですね」

「豚骨がうまい。そして米料理じゃないところがいい」


 他に美味いものはいくらでもあるというのに、要らんところにこだわる奴が多くて困ってしまうな。


「ラーメンは中国が発祥だろう? 本場のはもっと美味いのかな」

「向こうの麺は添加物が違うのでコシが少ないらしいです。あと、日本よりスープにこだわらず、具材がメインだとか」

「そ、そうなのか!?」


 結構うまいと思ったのに、ローカル料理にすぎなかったとは。私は素直に驚いた。


「ちょっと信じられんアレンジ具合だなー」

「日本人はなんでも、自分が好きなように変えてしまいますからね。色々試すのが好きなんでしょう。特に白米に合うように作り替える例は多いですね」

「また米か……」


 私がため息をつくと、副官が笑った。


「『中国料理』と『中華料理』はその代表みたいなものですね。違いが分かりますか?」


 副官は分かって当然のように言うが、私はちょっとたじろいだ。


「か、漢字の画数とか」

「…………」


 思いっきり軽蔑の目を向けられて、私の狼狽が大きくなった。


「さ、さっき言ってたよな。本場の中国の料理と、日本人がアレンジしたものは違うって。その違いか?」


 目をそらしながらこう答えると、ようやく副官は笑った。


「はい、正解です。『中国料理』は実際に中国で食べられている料理で、『中華料理』は日本人が食べやすくアレンジしたものですね。せっかくですから、米と一緒にそちらを出してみましょう」


 副官が手をたたくと、みるみる卓の上に料理が集まってきた。色とりどりで、目にも楽しい料理たちだ。


「ラーメンはさっき出たので割愛しております。天津飯、冷やし中華、エビチリ、回鍋肉、レバニラ、中華丼、麻婆豆腐、焼き餃子……有名どころはこんなところでしょうかね」


 どれも美味そうだ、とちらちら視線を投げかける私の姿を、面白そうに副官が見ていた。


「しかし、ちと量が多くないか」

「ご心配なく。ちゃんと処理要員は呼んでありますから」


 露骨に嫌な予感がしてきた。次の瞬間、部屋の中につむじ風が巻き起こる。そしてその中から、人間が飛び出してきた。


「うわ!」

「こ、ここは一体」


 二人は折り重なって倒れる。その横で、副官が涼しい顔で言った。


「総理とその孫です」


 やっぱり。


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