第33話 カレー・カレー・カレー(中編)

 栄養バランスの良いシチューを食事として導入したいが、問題があった。材料の一つである牛乳が、日持ちしないことである。そこで考えられたのが、カレー粉を使ったシチューだった。


「それが日本に伝わったのは明治の頃……百五十年ほど前のことでしょうか。その頃から日本も学生を海外に送り出すようになり、船上でカレーに出会う者が現れました。後に国内に伝わり、軍学校の食事に採用。徐々に一般家庭にも広がっていきます」


 最初は国民も、私と同じようにわけがわからず戸惑ったりしたのだろうか。……いや、きっとないな。すぐ食べたに違いない。下等種族とはそういうものだ。


「しかしなんといっても、家庭に普及を決定づけたのはルーの普及でしょう。それまではカレーを作るため、カレー粉と小麦粉を炒めるという一手間が必要でした」

「それはちょっと面倒ですね」


 副官がカレーを頬張りながら言った。


「ええ。できるだけ早く食事の準備をしたいという声に答え、予め小麦粉や調味料とともにカレー粉を固形化したルーが発売されると、爆発的に広まりました」

「そして今に至る、と。そう聞くと、本場でも食べてみたいですね」


 副官が言うと、総理は苦笑した。


「それは結構ですが、味が違って感じられるかもしれませんよ。カレーは本来、日本産の米ではない種類とセットなものでした。おそらく、日本のカレーは米に合わせて味を変えたのでしょう。本場のカレーは、ここまでとろみが強くないものですし」


 総理の言い分を聞いて、私はうなずいた。嘘ではないと分かる。確かにこの甘味と辛味のバランスは、他の米では出せまい。そしてその米を逃さず包み込むように進化したカレーも、余所にはないものだろう。


「始めはけっこう甘口なルーが流行ったようです。その後反動でスパイスの利いたものが台頭し、やがてホテルなどの高級志向が始まりました。今では旨みの強いタイプが人気なようで、今回のカレーもそういうルーを使用しています」

「え、これ普通の市販品なのか!?」


 全然分からなかった。汎用品でこの味とは、カレー恐るべし。


「ええ。妻もこれが出たときは驚いていましたよ。メーカーの改良にかける情熱には、頭が下がります。この先どんなカレーが出てくるのかは分かりませんが、きっと何か面白いものが生まれてくるでしょうな」


 総理がどこか遠くを見ながら笑う。


「……というわけで、お分かりいただけたら米を」

「はん、その手は食わんぞ」


 こういう展開になると疑っていた私は、総理の手を振り払った。しかしその横で、女たちの高い声が上がっている。


「お米って美味しいのねえ」

「ルーとやらをもらって帰ったら、地底でも作れるかしら」

「できるかもしれませんね。不足があるといけませんから、皆さんに多めにお渡ししておきますわ」

「やったあ!」


 女たちの中心にいるのは、総理の奥方だった。その横にいるのが私の婚約者で、誰よりも多くのカレーを口にせっせと運んでいる。ああ、開始時のつつましい様子はどこへやら。私は思わず皿を置いて、両手で顔を覆った。

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