第31話 ツヤツヤ・コメヌカ(後編)
「それだけではなく、肌に水分を保持するセラミド、保湿に役立つ脂肪分、活性酸素の害や日焼けも防ぐフェルラ酸と、有効成分が豊富に含まれています。妻もこれの愛用者でしてね」
よくもまあ、ここまでぺらぺらよく口が回るものだ。
「そちらのお嬢様方もいかがですか?」
「わ、私たちもよろしいので……」
「どうぞどうぞ」
侍女たちがわっと総理に群がりはじめた。それをさすがに非難しようとした私の体を、誰かがつつく。
「魔王様、ちょっと」
顔をしかめて婚約者がささやく。私は総理と侍女たちをその場に残し、彼女に歩み寄った。
「あまりなれなれしくしては、向こうの思うツボですわ。適度に離れませんと」
「でも、あいつにぽーっとなっていなかったか?」
「バカをおっしゃらないで。侍女たちはともかく、私まで見え見えの歓待にはしゃいでなんとします」
彼女が過剰によろめいた様子がなくて、私はほっとした。
「さすが、私が信頼する未来の妻。どうしてそう思った」
「言ってもいないこちらの好みまで調べているなんて、気味が悪い。確実に何か企んでいましてよ」
「安心しろ、そこは私も気付いている。だがあいつも腹黒くてな、なかなか尻尾を出さんのだ」
ひそひそと顔を寄せ合っていると、背後から不意に声が聞こえた。
「別に調べたわけではございませんよ。こちらから地中を伺う術は、全くありませんからね」
「な、何のことだ?」
「わたくしたち、怪しい話は何もしていませんのことよ」
狼狽する我々を尻目に、総理は呵々と笑ってみせた。
「わたくし、あいつが嫌いですわ」
婚約者は総理をにらみすえているが、握った化粧品は返そうとはしない。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」精神は、我が婚約者は持ち合わせていないのだ。実に面の皮が厚く、たくましい。
「それはともかく、魔王様。次回の会合、三日後の夜ではいかがです?」
「……まあ、いいんじゃないか」
「良かった。これだけは決めておきませんと。では、またその時に」
完全に虚をつかれた私は、反射的に返事をしてしまっていたことに気付いた。
「……決められちゃいましたね、日程」
「き、貴様にそんな資格はないぞー!!」
「今更言っても遅うございますわ」
婚約者からもツッコミを受けてしまい、私はちょっと寂しかった。
そして約束の夜になる。大嵐になる……なんてこともなく、月が輝く美しい夜だった。チッ。
私の隣に立つ婚約者は必要以上に顔をみせびらかしてくる。あれだけ総理を嫌っていたのに、化粧品はよく効いたとしごくご機嫌だった。
「ツヤツヤ、もちもちになりましたわ!! 魔王様、触ってお確かめください」
「あ、そう……」
今日はお土産としてもっともらって帰る、と鼻息が荒い。……この前の冷静さはどこにいったのかなあ。やっぱり懐柔されてるんじゃないかなあ。今更責めても遅いから、何も言わないけど。
「お招きありがとうございます」
総理の横から、楚々とした着物姿の年配女性が出てきて頭を下げる。これがあの孫の言ってた「ばあちゃん」か。それにしても似てないな。
「手作り料理を持ってきてくださったとか。楽しみにしておりますよ」
「ええ。では、運んでくださいまし」
奥方の号令で、大きな鍋を載せた台車が粛々と進んでいく。そして広間の中にしつらえられた設備で、その鍋を温めはじめた。間もなく、周囲になにか香ばしい匂いが漂ってくる。
「……これは?」
「なんですの。このドロドロの茶色い液体は。これが料理だとでも言いますの?」
興味深そうに鍋をのぞきこんでいた侍女たちから、悲鳴があがった。総理とその妻だけが、それを聞いて不気味にニコニコしている。
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