第30話 ツヤツヤ・コメヌカ(前編)
「魔王様! お呼びいただきありがとうございます!!」
「うん。遠いところご苦労だったな」
「どこにだって馳せ参じますわ」
私より一回り小さな婚約者の体を軽く叩いて、労をねぎらう。桃色の体が美しい彼女は相変わらず見た目は可憐。しかし今は真っ先に飛び出してきたため、わずかに息を切らしていた。
「姫さま、お待ち下さいませ!!」
その後を追って、どやどやと従者たちが殺到した。ざっと見て十数人。一緒に連れてくるのは数人にしろと言っておくのを忘れていたのは、手落ちだったな……。
「物陰からなにか出てきたらどうなさいます」
「それもそうですわね。どこか危険なところはございますの、魔王様」
「別に人目をはばかることはない。この国は、もう我々が占領したんだ」
私がそう言うと、婚約者はぱっと目を輝かせた。
「では、ここでわたくしが魔王様を押し倒しても、誰もはしたないと咎めはしないのですね。なんて素敵な世界なの」
「姫君、それでしたら床入りの準備を整えて参ります」
ガン首そろえた従者たちは、止める気配がまるでない。お前たちはなんのためについてきたんだ。
「たいそう慕われておいでですね」
「お前は私を助ける役目だろうが!」
副官の助けを得た私は小部屋に滑り込み、魔術で扉を厳重に閉めた。外からは「ああもう、照れないでくださいまし」という、婚約者の声が聞こえてくる。
「相変わらず魔王様ひとすじですねえ、あの方は」
「……大人になれば、少しは落ち着くかと思ったのだがな」
婚約者は泣き虫で、どこへ行くにも私の後ろをついて歩いていた。だから歩くついでに守ってやる格好になっていたのだが、それがよほど嬉しかったのだろうか。成長してもしきりにくっついてくる。
私はまだ仕事がしたい、夫婦の蜜月はしばらく後でと言っても全然聞かないので困っているところだった。
「ま、しばらく放っておくしかないな。……会合になればもう少ししゃんとするだろう。話を持ちかけてきた総理は、具体的なことを言ってきたか」
「まだ奥様の答えが分からないので、少し待って欲しいと言われています」
「ふん、ならばこっちで勝手に決めてやればいい。下等種族の都合など、斟酌してやる理由はないからな」
私がうそぶいた瞬間、外から「ごめんくださいませ」と声が聞こえてきた。
「……まさか」
「まさか、ですねえ」
苦笑いをしながら部屋の外に出てみると、総理が立っていてさすがの私も呆然とする。
「ど、どこから聞きつけてきた!?」
「魔法ではありませんが、こちらにも色々伝手がございまして。はじめまして、美しい方。魔王様の奥様でいらっしゃいますか?」
「まあ、下等生物にしては口の利き方をわきまえているわね。そう、いずれそうなる予定よ」
婚約者にまでちゃっかり挨拶するそつのなさ。このスケコマシが。
「なんで来た」
「地底から貴人がいらっしゃったと聞き、官邸から真っ直ぐ参った次第で」
そう言うと、総理は何やらお付きの者に耳打ちした。
「こちらは我が国特産の化粧品にございます。もしお気に召したものがございましたら、いくらでもお持ち帰りください」
総理の出したトランクからは、水やクリーム状の化粧品が大量に出てきた。
「あら、こちらの女どもはこんな物を顔に塗っているの? 生意気だわ」
興味がない振りをしつつ、婚約者は速めの足取りで総理に近付いていった。ちょっと、これは不味い。
「我が国には米ぬか文化というものがございます。それを利用して作った化粧品ですよ。米はなくなりましたが、これは化粧品扱いだったからか残っていました」
「それはどういうものなのですか?」
「米という植物を食べるために加工した際、取り除かれる外皮のことでして。昔は野菜を漬けるのに使っていたのですが、最近になって肌の新陳代謝を促進するビタミンが豊富に含まれていることが分かりました」
総理は得意げに胸を張って見せた。
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