第63話 地上の物は魔王(オレ)の物(六)

 私がさっと顔の前にかざした手を下ろすと、今まで姿を隠していた兵たちが姿を現す。その集団のあちこちに点在する魔法弓兵がいるのを、碧の国の面々は確認した。


「なんだと!?」


 力に優れ、重い魔法弓でも引ける獣人族たち。しかし碧の国の防壁は非常にしっかりしたもので、弓矢が貫通するほどもろいものではなかった。だが、兵はうろたえる。


 ──その弓兵が、全く防御していない上の方角から一斉に射撃してきたために。


「連中はこちらが水を確保しに来ると思って、ある程度平坦な南側ばかり気にしていたな」

「峻険な西側は全く意識してませんでしたからね。こちらは水などいらないのですから、高所をとって射かけるは当然」

「さて、そろそろ相手が冷や汗を流し始める頃かな?」

「さすがに不敵な司令官でも、ことのマズさには気付くでしょう。予想以上に自分たちは後手に回っていると」

「……そういう悪の総督みたいな顔してないでさあ、そろそろ何があったか説明してくれない? みんなが動かされたのは何だったんだよ」


 私たちが高笑いしていると、リアクション要員(孫娘)がぶうたれ始めた。それでは楽しすぎる解説タイムといこう。


「人間を窓側に立たせたのには理由がある。あれはな、我々の陣営に人間が確かにいるという『顔見せ』だ」

「顔見せ?」

「人間がいると分かれば、色々制限が生じます。例えば、最も重要なのは水ですね。多少食べなくても死にませんが、水がなければ人間は一週間ほどで死んでしまいます」


 それは分かる、という顔で孫娘がうなずいた。


「そしてここは敵に包囲され、さっき魔王様の使った魔法で水道管も破壊されてしまいました。としたらどうします?」

「い、嫌だけど……外に水を探しに行かなきゃ、しょうがないんじゃない?」

「その通り。敵もそう考える。だから、自然とこの策に走る。『水場を固めて、奴らを日干しにしてやろう』とな」


 孫娘はそれを聞いて、目を丸くした。


「だからあっちは水場を守ってたんだ……」

「しかも向こうはこうも考えます。水を持ち帰らないとならないのなら、ある程度足場の良いところを選んで、輸送部隊も連れてくるはずだと。もともと紅の国の軍には飛行できる種族が少ないですし、飛べてもそう重たいものは持てませんからね」


 副官が言う。私は後を継いだ。


「相手がこう考えることが分かっていれば、どちらの方向を重点的に守るかも予想がつく。その横手から奇襲をかければ、まず成功するさ」

「じゃ……ジジイに協力を申し入れたのって、まさかこれだけのためにだったのか!? そのために三百人も!」


 孫娘は、こちらが気持ちよくなるほど分かりやすく驚いた。この点に関しては評価してやってもいいと思いながら、私はうなずいてみせる。


「見せるだけなら、数人で済むでしょう。しかし曲がりなりにも協力関係というなら、まともな隊を組めるだけの人数がいないと向こうは安心しません」


 副官が解説し終わってから、私は高笑いした。


「組織というのはこう組むものだ。一見不利に見えても、三文芝居に役に立つとなれば余計な連中でも置いておく。精鋭ばかり選りすぐったようだが、まだまだ管理者としては青いな、若造よ」

「素晴らしいです、魔王様」


 副官の世辞だと分かっていてもやはり気分がいい。私がそっくり返っていると、物見から連絡があった。


「敵主力部隊が東側に移動を開始した、と報告が。そろそろ大詰めですかねえ?」

「決戦は深夜になるな。娘は寝ておけ」

「なにさ急に。言われなくても体力残ってないよ」


 孫娘は唇を突き出したが、それでもちょっと嬉しそうだった。


「総員、私の邪魔にならないよう退避。あまりに陣がガラガラだと奴らも来ないから、傀儡の準備も忘れずにな」

「万事かしこまりました」


 副官は伏して私の指示を聞き入れた。

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