第12話 狂気のコメ・増殖術(後編)

「残るはひとめぼれとななつぼしですね。どちらになさいますか?」

「……ななつぼしで」


 あの勘違い女が勧めた米は、最後までとっておいてやろう。そして、「今まで食べた分よりたいしたことないな」とせせら笑ってやる。うん、そうだ。それがいい。


「じゃ、ななつぼしを出しますね。これは北海道という、日本の北端にある大きな土地で好まれている品種です。そこで生み出されたとあって冷害に強い品種ですね。後に出てくるひとめぼれと他の種をかけ合わせた米だそうです」

「ふうん。で、おかずは何にするんだ?」

「今回はチャーハンにしてみようかと。その前に、加工していない米を食べてみてください」


 いきなりジャンルが変わった気がするが、いいのかなあ。何かひっかかるものを感じたが、私はとりあえず差し出された米をつまんだ。


 歯ごたえがあって、ちょっと固めだ。それに、モチモチした感じや粘りもあまりない。柔らかい感じに慣れていると、やや違和感がある。


「これが本当に美味くなるのか? 今、検索したら……ネットには結構『まずい』って声もあったぞ?」

「まあ、少しお待ち下さい」


 思うところはあったが、副官に任せてみることにした。次のひとめぼれがまずいって言われていたら、もっと楽しく待てたのだが。


「はい、できましたよ」


 副官が作ったチャーハンの具は、ネギに卵、それにチャーシューという豚肉加工品だった。日本で標準的な組み合わせらしい。


「見た目は彩りよくて、綺麗だな」


 私は匙でチャーハンをすくいとって、口に放り込んだ。次の瞬間、油でコーティングされた具材と米の味がどっと流れこんでくる。


「今までで一番濃い味付けの料理だなー」


 旨みはあっても、油っけがなかったので味覚が驚いている。


「お口に合いませんでした?」

「平気だ。むしろ米のおかげか油も変にベタベタしてなくて、すごく美味い」

「まずいという声も、こういう風に加工すればなくなるでしょうね。後は、カレーに使ったりしてもよく合うそうですよ」


 ななつぼしもすぐになくなった。……残りは、とうとうアレである。


「ではひとめぼれを試しましょう。魔王様、ちゃんと前向いて」

「う、うむ……」

「甘い香りとふっくらした感触が特徴的で、濃い味の料理でも力負けしません。それに、冷めても美味しい品種だそうです。おにぎり屋さんが採用するには、まさにぴったりといえますね。なかなか見る目がある」

「たまたま実家が育てていたというだけだろう」


 私が苦言を吐くと、副官が笑った。


「どうでしょうかねえ。最後は豪勢に、牛肉を使ったステーキをつけますので、お楽しみに」


 確かに副官の言った通り、山盛りの赤身ステーキはとても美味そうだった。玉ねぎをベースにしたというソースが、鉄板の上でじゅうじゅうと音をたてている。そしてその横の白米は、つややかで粒が綺麗。見た目ではけなすところがなかった。


「魔王様、お味はいかがですか?」

「……も、問題ない」


 美味いです。問題なく美味いです。くそ、強がる必要さえなければおかわりしたい。さっきの米と比べて甘味や粘りが強く、コシヒカリ寄りだ。しかしコシヒカリほどがつんとくる甘味や香りはなく、全体的にバランス重視の優等生といったところだろうか。


「……確かに、目立った欠点はないな」

「味が良く栽培も簡単で、ササニシキにとってかわる品種として注目されたそうですからね。順調に作付け面積を増やして、国内生産第二位だったとか」

「ぐむむ」


 すごい、とは絶対に言いたくなかったので、私は唸るしかなかった。そこへ、今一番会いたくない男が飄々とやってくる。


「おやあ、何をしておられたのですか」

「お前には関係ない」


 そっけなく言ってやったが、総理は全てお見通しみたいな顔をしていた。おのれ下等種族の長のくせに。


「おや、それはもしかしてひとめぼれでは? 孫の意見を聞いて検討してくださったようで、安心しましたよ」


 なんでも、孫は総理に「どうせあの魔王は手紙を読まないに決まっているから、せっついてこい」とけしかけたのだそうだ。


「無礼者が……」

「歓迎してやってくださいねえ。国民の声を聞くいい機会です」

「二度とするかッ!! 祖父であるお前のツラも見たくないわ!!」


 こうして結局、いつものように怒鳴り合いになり、しばらく米を食べることもない生活に戻った。

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