魔王です。日本という国で「米」を封印したらピンチになりました。助けて。

刀綱一實

第1話 ハラキリとは何なのだ

 愚鈍なる地上の皆様、はじめまして。


 私は自国では魔王と呼ばれている。限りなく広がる地中世界を支配し、もはや地底に敵はなくなった。我が一族、我が国民は平和を謳歌し、安心して子孫を育てることができるようになった。


 しかしそうなると問題も生じる。子供が死ぬ可能性が低くなると、皆が安心してしまいたくさんの子を産まなくなる。いわゆる少子化という状態になってしまうのだ。


 こうなると厄介だ。未来の産業パイがどんどん減少し、先細りになってしまう。我が愛する国民に無理に産めとも言えぬ以上、外に経済圏を求めなくてはならない。


 ……というわけで、我々がターゲットに選んだのが「地上世界」だった。そこには我々が練り上げた魔法という技術がなく、数だけが多い未開人どもがうじゃうじゃと生息している。まさに、うちの商品を押しつけるにはうってつけだ。


「よし、将軍たちを呼べ! これより作戦会議を行う!」


 入念な準備の甲斐あって、我が軍は完全に地上人どもの不意をついた。


 ターゲットに選んだ「日本」という国の国会や官庁を押さえ、政府の主要な人員をほぼ拘束する。襲ってくる軍隊のようなものは無力化し、格の違いというものを見せつけてやった。


 ひと月ほどかけ、まあいい感じで痛めつけたかなというところで、我々は次の段階に入ることにした。──停戦交渉である。


 人間は地下に来ると高熱で死んでしまうというので、仕方無く奴らの迎賓館とやらで交渉をすることとなった。面子は少数。地底側は私と副官、地上側は総理と官房長官という四人である。


 戦っているうちにこの国はのらりくらりとしていて、「検討させていただきます」とか言うのが大好きな国民性だというのがよく分かったからな。少人数の会議で一気にカタをつけてやる。


 そう決めていた私は、総理たちが揃うなり口火を切った。


「こちらの要求は一つ。我が国で栽培しているバフムという食用植物を、言い値で定期的に買ってもらいたい。地上人が食しても毒性がないことは、すでに実験済みだ」

「……そ、それでしたら、ご希望に添えるかと」


 相手をほっとさせたところで、私は逃げ道を塞ぐことにした。


「ただし、かなりの量を消費してもらうことになるのでな。そちらの世界の主食である『米』とかいうのを、魔法を使って消しておいた。保存用の苗や、田畑の分まで全てな」

「な、なんですって!? それでは白米に味噌汁という、黄金セットはもはや叶わぬ夢なのですか」

「そういうことになるな。そちらの国民がどう思おうと関係ない。これは勝者の国主である、私の命だ」


 私は軽く笑い飛ばしてやった。なにせこっちは実力で完全に勝っているのだ、余裕ならたっぷりある。総理は私を見て、口元を震わせた。


「そんな不便な!! 炊き込みご飯、お粥、寿司に雑炊、ピラフにチャーハン、パエリアにフォーにシンガポールチキンライス、ああそれにもっと多くの食文化が……」

「え、それもしかしてまだ続く?」


 こいつらどれだけ米に依存してるんだよ。ちょっと引いたわ。でも、助け船なんか出してやらないもんね。


「ダメだ。米は一切、禁止する」

「……それだけはおやめ下さい。人の道に反します」


 ほう、いっちょまえに諫めてくるか。それとも泣き落としか。どっちにせよ、言い負かす準備はできているが。


「ハラキリをしてお詫びいたしますゆえ、その条件は撤廃を」

「ハラキリ? ……聞いたことがないが、それはどういうものなのだ?」

「意識のある状態で、腹部を鋭い刃物で切り裂きます」

「うん、ちょっと待て」


 待てと言うのに、総理はハラキリの詳細を語る。これにはこっちが慌てた。未開の野蛮人だとは思っていたが、ここまでとは。やめなさいよ、痛いじゃないの。


「……べ、別にいいじゃないか。代わりの食料は入ってくるのだ。国民が飢えることもないのだぞ?」


 しかし総理とやらは首を横に振る。


「その言い訳、天照大神あまてらすおおみかみの前でもできますか?」


 めんどくせー。目がキマっててちょっと怖いんだよ総理。


「知るか。いきなりこっちが知らん固有名詞を連続でぶちこんで来るな。ああ、もうとにかく、決めたからな。代金は貴様らの通貨ではなく、こちらでも使える物品にするとして──」


 私は乱れた精神を元に戻すべく、頑張って考えた。ああ、それでもハラキリとアマテラスがぐるぐるして、なかなかまとまらない。


「魔王様」

「ん?」

「ソーリとやらはとっとと帰りましたよ。あなたが悩んでいるからこれ幸いと」


 ペースを乱されている間にやられた──ッ!! 検討はどうした!!


「なんか、追い詰められると極端な手に出る民族みたいですねえ。まだこちらの見聞が追いついていません」

「……君は止めてくれなかったのかね? 副官だろ?」

「いや、その方が面白そうだったんで」


 きっぱりと断じる副官を見て、私は涙が出てきた。それもこれも、勝手に帰りやがった総理一行が悪い。


「……いいだろう。この私の善意を踏みにじったこと、じわじわと後悔させてくれるわ!!」


 私は高らかに、そう宣言した。






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