第2話 スモウレスラー百人の来襲

 私は今、百人のスモウレスラーと相対している。圧がすごい。絵面もすごい。


 どうしてこうなったかというと──




「あー、統治の状況どうなってる? だいぶ反対とか来てるだろ」

「ですねえ。農家や流通業者はもちろん、飲食店や一般国民からもかなり」

「適当に追い払ってくれた?」

「まあ、大体は。それでも件数が多いんですよね」


 私たちが「日本」との戦いに勝利し、「米」を制限してから一週間。抗議行動はやまず、総理はじめ各所から文書やデモ活動が相次いでいたが、基本的に黙殺するか軍をやって制圧するかの二択だ。


「しかし結構粘りますね。飽きっぽい民族と聞いていたから、早々に大人しくなるかと思ったんですが」

「だなー。高価な酒とか調味料にも使われてるらしくて、そっちからの陳情は熱が入っててうっとうしかった」


 私と副官はため息をこぼし合う。


「やっぱり全部殺した方が安くつきませんかね」

「人口は減らさない方向でいきたいんだよ」

「……となると、有名人あたりを懐柔して、世論を動かす感じですかね。特に高齢者が頑固なので、そこに人気のある人材がいいんですが」

「うーん、芸能人か、もしくはスポーツ系か……」

「あ、ちょっと待って下さい魔王様。スモウなる競技のレスラーたちが、下に陳情に来ているそうです。この競技、老人に人気があるとか」

「そうか! ちょうどいいな。会ってやろう」


 渡りに船とはこのことだ。私は含み笑いをしながら、もはや家となった迎賓館の階段を降りていった。





「うーわー」


 階段の下には屈強な男たちが並んでいた。右を見ても左を見ても、むくつけき男ばっかり。その絵面の強さで、贅沢な内装が完全に霞んでいる。


 彼らの着物はむしろ華美でないものが多いのだが、その下の脂肪と筋肉の圧がエグい。まさにレスラーって感じ。


 陳情に来たのは、きっちり百人。その中で最も年かさの者が「親方」と呼ばれ、こいつがリーダーのようだった。


 彼らを応接室に案内すると、さっそく親方が口を開く。


「お初にお目にかかる。我々は……」

「細かい情報はいい。どうせ米を解禁しろって陳情だろう。それはダメだ」

「諾と言っていただくまで、帰らぬ覚悟です」


 親方の顔には怒りがにじみ出ていた。


「何故そう言い切る」

「力士は食べて大きくなるのが仕事。我が部屋では、一日十升もの米を消費しております」


 升というのは、この国のローカル単位。だいたい一日で十五キロ前後消費、ということだ。それは確かにすごい。……ならばその分バフムを食べてくれれば、大幅な消費源となってくれる。ますます許可するわけにはいかない。


「米は栄養源であり、楽しみでもあります。以前、古米ばかりを食べさせられた若手力士が部屋から脱走したという事件もあるくらいで」


 ……レスラー、意外と打たれ弱いのかもしれない。


「今回の影響はそれ以上になりましょう。もともと相撲とは神事、それを支える力士が失われる影響力がいかほどのものか、お察しいただけると思うが」


 親方はこっちをにらむが、私は取り合わなかった。


「ダメだ。黙ってちゃんこ食って寝てろ。それが嫌ならバフムを食え」

「あんなカスカスのサツマイモみたいなものが食えるか!」

「失礼だな。続けて食えばきっと慣れるって。知らんけど」


 私は大して考えもせず切り返した。その適当さは、向こうにも伝わったのだろう。みるみるレスラーたちの顔が紅潮してきた。


「邪悪な粘液生物め。もはや許せぬ!」


 その言葉と同時に親方がさっと手を上げると、四方八方からスモウレスラーが襲いかかってきた。あっちからもこっちからも、おお、巨大な肉の塊が。これこそ本物の肉弾戦。


 しかし私はそれを見ながら、ふふふと笑った。


「お前たちは人が良いな。俺ばかりと真剣に話をして、副官がいなくなったことにまだ気付いていない」


 その副官は、窓を大きく開け放っていた。そこから、ごうごうと唸りをあげて風が流れこんでくる。固定してある家具以外の物品が、一瞬にして吹き飛んだ。


「風の魔法だ。竜巻で、町の外まで飛んでいけ!」


 スモウレスラーが一人、また一人と風に足をとられ、窓の向こうへ吹き飛ばされていった。くるくると回る彼らは、今ばかりはバレリーナのように見え……うん、いや、それは言い過ぎだな。


 レスラーたちが見えなくなってから、私は大きく伸びをした。


「良く飛んだなー。止めときゃいいのに、襲いかかってくるから」

「無慈悲に飛ばしましたね。で、どうカタをつけるおつもりで? 人気取り作戦はすっかりお忘れのようですが」


 副官の絶対零度の声で、私は我に返った。


「……総理とか、なんとかしてくれないかな」

「護衛にかけてみましたが、着信拒否されてます」


 私はそっと窓を閉じた。





 連日、ニュースでは怒れるスモウレスラーたちの言葉が放送されていた。


『政府の対応は手ぬるい!』

『もっと強攻策に出るべきだ』


 そう言って唾を飛ばす彼らの目は、怒りでぎらついている。


「……手なずけるどころか、真っ先に敵に回しましたね」

「言うな。かっこつけて倒しちゃったけど、わりと困ってるんだ」


 スモウレスラーとの戦いは、まだまだ続きそうだ。





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