第66話 地上の物は魔王(オレ)の物(九)
私は動揺があらわになっている相手の顔を見据える。名も知らぬ大将が、びくりと震えた。
「か、完敗だ……」
保身の必要性を感じたのか、大将が深く頭を下げる。大人と子供の勝負だったのだ、とようやく気付いたのだろう。
「今更ひれ伏しても無駄だ。国で沙汰を待て。ろくな死に方ができないことだけは、保障しておく」
拘束魔法をかけた大将を、友軍が連行していく。その無様な姿を嘲笑する私の声だけが、場に高らかに響いていた。
いやー、気持ちいいね。この瞬間を狙って苦労したようなもんだからね。ちょっと時間かかりすぎたし、余計な人間たくさん使ったけど。
「魔王様、目の輝きがいつもに戻りましたね」
副官もいつものツッコミ体勢に戻った。彼も安堵したのだろう。
「魔王様。我が姪を発見いたしました」
公爵からさらに嬉しい続報が入る。だが、通話口の相手は、ひどく焦った口調だった。
「……もしかしてアレか」
「アレです。爆発寸前ですので、一刻も早く来ていただかないと」
「分かった。場所を知らせろ、すぐに向かう」
私は慌ただしく身支度を調え、公爵についていった。奴らが布陣していた「谷」の辺りに、何か光っているものが見える。
俯瞰している私の足下で、ピンクの塊──いつもの柔らかさを失い、まるで金剛石のように固まった婚約者──が見える。
「いつ見ても素晴らしい完成度ですね、あの方の防御形態は。鋼をも凌駕しています」
「あれでゴネられると困るんだよなあ……」
そう。私が全く婚約者のことを心配していなかった理由のもう一つが──私より強いから。
彼女の魔法の真価は、鉄壁の防御にある。己の体を硬質化し、いかなる高温にも冷気にも魔術干渉にも耐える。そして一定時間が経つと、自分以外全てを巻き込む大爆発を起こす。こうなってしまうと、彼女本人が解除しない限り対抗手段がまるでないのだ。
「さあ、わたくしをなんとかできるというのなら、やってごらんなさいまし!」
「…………」
「無視ですの!? 無視なんですの!? 屈辱ですわ!!」
しゃべる相手がいないものだから、勝手に盛り上がって勝手にキレている。しばらく眺めていたいような気もしたが、そろそろ声をかけるか。
「……君か。無事でよかった」
「ま、魔王様ですの?」
さっきまで怒りまくっていた声にようやく戸惑いが混じる。
「迎えに来るのが遅くなって、すまなかった。早く君の顔が見たいから、術を解いてくれないか」
「ま、魔王様がそうおっしゃるのでしたら……」
婚約者はようやく、生物としての体に戻った。
「魔王様!! お会いしたかったです」
涙の後に微笑を浮かべる彼女を見て、私はこっそり冷や汗をぬぐった。やれやれ、なんとか爆発は回避できたようだ。
私は抱きついてくる彼女をなんとか引き離しながら、公爵に向き直った。彼は地に伏し、じっと私の言葉を待っている。
「面を上げよ。公爵、色々な意味で大義であった」
「魔王様のために働くのは当然のことでございます」
「此度の戦い、そしてその忠義、素晴らしいものである。未開の地が整った折には、十分な恩賞を期待するがよいぞ」
一瞬、私と公爵の目が合った。
「……それは、どういった時期になりましょうか」
言葉の端に棘がある。さらにしがみつこうとしている気配が濃厚だ。しかし、私はそれを無視して婚約者に声をかけた。
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