Day15 『偽怪』(お題・解く)

 じゅ――!!

 土曜日の夜、五号室のベッドルームに置かれたホットプレートの上から弾ける油の音が響く。

「豚玉とイカ玉、エビ玉に牛玉!」

 並んだ四つのお好み焼きを樹季がバイト先で身に付けたという見事なヘラさばきで扱う。

「いいね~、この音、ビールが欲しい」

「報告が終わるまでダメ」

『そうよ、樹季ちゃん』

 酒好きの樹季を瞳と志穂がたしなめる。

「う……、お母さんズに叱られた……」

「こんな大きな娘、いないわよ!」

 睨む瞳に樹季が首を竦める。部屋に笑い声が弾けた。

 

 各自、自分のお好み焼きを一枚食べた後、今度は分けて食べようと、ホットプレートにめんたいチーズ玉を乗せる。

 じゅうじゅうと音が立つ中、瞳がバリカを手に取った。

「じゃあ、焼けるまで報告をしましょう」

 大体のことは共有スケジュールアプリにUPしてあるが、それを確認する。

「えっと、私は今日は朝と夕方、トールくんと小鳥を探したのですが見つかりませんでした」

 実際に見て回るだけでなく、一年生の知り合いにも、トールの映像を回して見て貰ったが、やはり見かけた人はいないという。

「本当にこの一週間見ないわね……」

 諦めたのかな? と首を捻る瞳に「そんな柔な相手じゃなさそうだぜ」お好み焼きを整えながら樹季が唸る。

「美佳さんと一緒に隼人さんの話を聞いたけど、多分、志穂さんをストーカーしていたのも、あたし等をストーカーしようとしているのも『百目』で間違いないと思う」

 ひくりと喉を鳴らして文香が隣のトールの腕に抱きつく。

「樹季さんが聞いた今年三月に被害にあった人の件と、志穂さんの件、二つのストーカーの手口の特徴がほぼ一致したのです」

 そして、その結果を円花に頼んでオカ研のデータベースで照合したところ『百目』の犯行と一致した。

「『百目』は愉快犯でこだわりが強く、最初に現れた四年前から、ほとんど犯行パターンを変えてないそうです」

 まず好みの女子学生に目を付け、改造した小鳥型のペットロボで彼女の周囲を監視する。そしてデータが集まったところでショートメールやSNSを使って本人に本人の私生活を詳細に暴露する。

「確かに志穂のときと同じね」

『ええ』

「はい。そして、円花さんが以前言ったように、入れるはずのないマンションやアパート内の個人の部屋の中の生活すら覗いているのです」

 『天神』の女子学生の賃貸住居は必ず防犯設備が整い、管理AIが厳格に人や物の出入りを管理している。にも関わらず、三月に被害にあった被害者に『百目』は彼女の部屋の中での生活を逐一詳細に伝えてきた。

『私のときもそうだった』

「侵入不可能な場所まで覗けることから、超能力者だの、幽霊が仲間にいるだの荒唐無稽な噂もある」

 樹季が忌々しそうに鼻を鳴らし、お好み焼きをひっくり返す。

「円花は『偽怪』だって断言していたけどな」

「『偽怪』?」

「人が何かのトリックを使って、幽霊や妖怪の仕業に見せ掛けた『怪異』ってことです」

 首を傾げる文香に美佳が説明する。宇宙時代でも人の恐怖心や目に見えないモノを信じ恐れる心は健在だ。その心を自分の犯罪を隠す為に利用する。

「卑劣なやり方です」

 霊視能力持ちとして苦労してきた美佳には腹立たしい。

『本当』

 本物の『真怪』である志穂も頷く。しかし、『百目』の手口は警察でも解明していないと聞く。そもそも、学園コロニーであり、若い男女の多く住む『天神』にはストーカー事件が多く起きる。とても一つの一つの捜査まで手が回らないのだろう。

「今、円花がオカ研のデータと二年前の志穂さんの被害届け用データと隼人さんが独自に調査したデータを合わせて、AIに『百目』の思考パターン、犯行パターンを計算させている」

 その結果を元に対策を立てる。

「ええ、私達で『百目』の謎を解きましょう」

 瞳の言葉に樹季が勢いよく焼けたお好み焼きにザクリとヘラを入れた。

 

 分けためんたいチーズ玉を食べ終わり、デザートのわらび餅に突入する。

 調査の話は一旦置いて、話題は大学生活から就活の仕方、教授や生徒達の噂。割の良いバイト先に美味しいカフェやスイーツ店。とりとめもなくしゃべっていると

「そういえば」

 瞳が思い出したように皆に告げた。

「明日、向井さんがマンションに帰ってくるって」

 先週の土曜日、志穂に怯えて気絶し病院に運ばれた向井睦己は、次の日退院したものの、部屋に帰ることを拒否して、ホテル暮らしをしていた。

『…………』

 志穂がすまなそうに身を縮める。

「でも、いざというとき管理人がいないのは困るから、帰ってきてくれるみたい」

 管理AIで管理されているマンションでも、もしものときの為には人間の管理人が近くにいるのが望ましい。

「志穂、向井さんの前には出ないようにね」

『うん』

 瞳の注意に志穂が頷く。

「じゃあ、次は……私、志穂さんと隼人さんのお付き合いしていた頃の話が聞きたいです!」

 口端にきなこを付けたまま、文香が手を挙げる。

『えっ!?』

「あ、あたしも聞きたい」

「私も」

「私も聞きたいわね」

『瞳ちゃんまで!』

 危うい案件を抱えつつも、五人の楽しい時間は今宵もゆるゆると過ぎていった。

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