Day29 奈落(お題・名残)
サイレンの音を立てて睦己を乗せた救急車がメゾンドコレーから走り去っていく。
ほぼ二日意識が無かったのにも関わらず、観音像のせいで異界と同じく時間の流れが遅かったせいか、彼女はさほど衰弱していなかった。
トールが六号室の管理AIのメモリーから引き出した、兄の秘書だという男に連絡を取る。何かお礼を……というのを丁重に断って、通話を切り、美佳と雅彦はマンション内に戻った。
「すっきりしましたね」
瘴気も陰気も綺麗に消えた階段を見上げて、美佳は口の周りに手を当てた。
「瞳さ~ん、樹季さ~ん、文香さ~ん! 帰ってきて下さ~い!」
* * * * *
「美佳さん!!」
だだっと階段を降りてきた樹季が美佳に抱きつく。
「無事で良かった!!」
「樹季さん、美佳さんが行ってから、一人で行かせてしまったことを随分気にしていたんですよ」
続いて降りてきた文香が安堵から涙目でぐすんと鼻を鳴らした後
「トールくん、元気になって良かった」
トールの丸いボディを抱き締める。最後に降りた瞳が
「志穂はどこ?」
心配げな顔で廊下を見回した。志穂は美佳が掛けた声が聞こえた時点ですうっと祠から消えてしまったらしい。
「四号室?」
「いえ、多分……」
美佳が言い掛けたとき、ピロン! 雅彦のバリカの通知音が鳴る。
「Kappaさんからの連絡です。『志穂って娘は家族の元に無事帰ったぜ』だそうです」
「……家族のところに……」
瞳が繰り返す。彼女の実家は
「そう……そうよね。事故の記憶を取り戻したんだし、最後のお別れは家族と、よね。でも、私もお見送りしたかったわ……」
寂しげに呟く瞳に美佳は告げた。
「瞳さん、疎遠になってしまったと言ってましたが、まだ連絡先を知っているなら志穂さんの御家族と連絡を取ってみて下さい」
にっと笑みを向ける。
「志穂さんはちゃんといますから」
* * * * *
「さて……」
五人の無事を確認した後、いつものしっかり者に戻った瞳が二階を見上げる。
「次はアレをどうするか、よね」
カン! カン! 四号室と階段を区切る防火シャッターからは閉じこめられたペットロボがつつく音がまだしていた。
「三好くん、この後、時間ある?」
瞳の問いに「はい」雅彦が頷く。
「ごめんなさい。本当は手当したいけど、もう少し傷をそのままでいいかしら?」
バリカでまだ診察をしている病院を瞳は調べた。
「病院で手当して被害届を出す為の診断書をもらいたいの」
ペットロボによる怪我は所有者の責任だ。
「トールくん、危機対応モードの録画は保存してある?」
「勿論でぇす」
天の川銀河系に所属するロボットは、ロボット三原則により人や物に危害を加えてはいけないことになっている。ただ、例外があり、保護対象者や周囲の一般人が加害を受けている場合は、その星系国家のロボット法の範囲内で対応することが許されている。それを危機対応モードと言い、モードの間は後で所有者が責任を問われないよう、行動の正当性の証明する為に全てを録画している。
「その録画、後で提出してくれる?」
トールの録画には、隼人のペットロボがマンションに無断侵入し、雅彦を襲っているところがしっかりと映っている。
「はぁい」
「これで証拠映像も手に入ったわね」
それとオカ研のまとめたデータを合わせて警察に提出する。瞳はバリカから顔を上げると皆を見回し、きっと眉を上げて階上を見上げた。
「じゃあ、証拠品を確保しに行きましょう」
瞳の部屋から取ってきたシーツの下の端を雅彦が廊下の床につけて押さえる。上の角をシャッターの両端のレールに沿わせるように瞳と美佳が持った。樹季が身構え、文香が階段の角で底がベコベコになったキャリーケースを手に後ろに立つ。
「じゃあ、トール、お願い」
「はぁい。防火シャッターを開きまぁす」
美佳の命にガラガラガラ……、音を立ててシャッターがゆっくりと上に上がっていく。ボソッ! 解放されたペットロボが逃げようとして当たる鈍い音がし、シーツの一部が膨らんだ。
「どおりゃ!!」
樹季が膨らみに蹴りを入れる。軽い破壊音がして床にロボの落ちる音が続く。
「今よ!」
瞳と美佳が床ごとロボを覆うようにシーツを被せ、端を押さえた。ぱたた……まだ飛べるのか膨らみが上に持ち上がる。そこへ。
「たぁ!!」
ガシャン!! 文香は怒りを込めてキャリーを打ち下ろした。
「コロニーに来るときに買って! 一度しか使ってない! 新品のお気に入りだったんですよぉ!! どうしてくれるんですかぁ!!」
ガシャン!! ガシャン!! 何度も何度もベゴベゴのキャリーを打ち下ろす。
「ふ……文香さん、ペットロボのデータやログも提出したいから、そのくらいに……」
瞳が焦って止める。
「もういいって!」
樹季が彼女の手からキャリーを取り上げる。
美佳と雅彦がシーツをはがすと……そこには胴体がバラバラになったロボの頭だけが転がっていた。
* * * * *
七月二十二日の
ライトを床に起き、装置を前に担いできたリュックを下ろす。隼人はそこから今までのストーカー行為で溜めてきた記録映像や画像、データの入ったチップやカード、HDDを取り出した。大切なコレクションだが正体がバレ、ペットロボが向こうに渡った以上、これを手元に置いておくのはマズイ。
「まだ明確な証拠は軽傷と住居侵入だけだからな……」
それだけなら軽い罪ですむ。装置のスイッチを入れ、投入口に放り込もうとしたとき、パパッと建物内の全体の照明がついた。
「残念ですが、そうはいきません」
父の秘書の声が響く。入り口から入ってきた秘書がリュックを拾い、隼人の手からHDDを取り上げて、その中に戻した。
「これも全て証拠データとして、こちらから警察に提出します」
「そんな! 父さんがそんなこと許すわけないだろう!」
今まで父は自分の過去から、なんだかんだとストーカー行為をもみ消してくれていた。叫ぶ隼人を秘書は冷たい目で見返した。
「社長は週明け月曜日をもって代表取締役を辞任されます」
「……え?」
「跡は隼人様のお兄様の
長い間、兄は隼人のストーキングとそれを繕う父を止められないか悩んでいた。
「今回の被害届の提出で『身中の虫』を飼い続けるより、痛みを伴っても、ばっさりと切り離すことを決断されました」
「……そんな……」
いつも苦虫を噛み潰したような顔で自分を見ていた兄の顔が浮かぶ。
「隼人様にはしっかりと司法の裁きを受けて頂きます。まずは私が付き添いますので、警察に出頭して下さい。それと、この大学の退学届けにサインをお願いします」
今までの生活が足下からがらがらと崩れていく。そのとき隼人のバリカが鳴った。叔母の名前の浮かぶ着信画面をタップをすると、睦己の声が流れてくる。
『こんばんは。素敵な『魔除け像』をありがとう。お礼に私からもメゾンドコレーでの、あなたの犯行について全て話をさせて貰ったわ』
自分のように協力させられていた他のマンションの管理人達がいたことも。
「あなた、あの瓜生美佳と一緒にいた三好雅彦って学生に嫉妬したでしょ。今まで慎重にやっていたのに、あんなに解りやすく襲うなんて。おかげでしっかり証拠を握られてしまったわね。私同様、あなたの『優雅な生活』のこれでおしまい。じゃあ、名残惜しいけど、一足先に奈落であなたを待ってるわ」
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