Day12 『百目』(お題・門番)

『志穂さん、こんばんは』

 土曜日の夜、瞳か志穂の部屋を訪れるのが、一年生前期の樹季の習慣だった。

 ドアを開けると漂う野菜を煮る美味しそうな匂い。四月から学園コロニー『天神』で初めての一人暮らしを始めた樹季にとって、同じアパートに住む二人は学生生活でも私生活でも頼りになる先輩だった。

『今夜はなんすか?』

『この前、三人で買った業務用餃子で餃子パーティよ』

 焼き餃子に水餃子、揚げ餃子と三種の餃子に野菜の中華スープを付けるという。

『良いっすねぇ』

 授業の取り方、新入生を狙った危ない勧誘の見分け方、快適な部屋の管理Alの設定方法にオプション機能。節約術。時々、三人で格安業務用ネットスーパーで買った物を分け合ったりする。親密な付き合いを三人はしていた。

『今日は瞳ちゃんはバイトで、ご飯作りに参加出来ないから、美味しい杏仁豆腐を買って帰ってきてくれるって』

『やりぃ!』

 本当に良い先輩に恵まれたと自分の幸運に感謝していた。なのに……。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 大学の厚生棟に入る。一階の一番北の端、樹季の所属する特撮研究所の隣の部屋が、彼女の友人、井上いのうえ円花まどかが会長をしているオカルト研究会だ。

「よう」

 サークル室に入ると、まず正面『真怪』『仮怪』『誤怪』『偽怪』の四文字が次々浮かぶモニターが目に付く。机の上に置かれたパソコンで星間ネットのオカルト情報を漁る学生。タブレットで学内コミュニティをチェックする学生。目をキラキラさせて肝試しに行ってから体調が優れないというカップルの話を聞いている学生。円花を含め、このサークルは真のオカルト好きの吹き溜まりだった。

「よう、樹季。何か用か?」

 話を聞いている後輩の男子学生を面白そうに眺めていた女子学生……円花が立ち上がる。来客にコーヒーを淹れる彼女に

「ちょっと教えて欲しい情報があるんだ」

 樹季は適当な椅子に座って尋ねた。学内の噂を聞くならここが一番だ。オカルト研究会は集めた様々な怪異現象から、自然現象による『仮怪』、心理的要因による『誤怪』、人為的な『偽怪』を除いた、正真正銘の怪異『真怪』を探している。その為、彼らは学内外を問わず、有象無象の噂を集めていた。

「ストーカーの情報なんだけど」

 来客用の黒猫が描かれたカップを円花が差し出す。自分は太陽系第三惑星の島国のマンガで有名な、幽霊族の少年を描いたカップを手に樹季の前に座った。

「もしかして志穂さんの件に関係あるのか?」

 相変わらず、この友人は鋭い。

「ああ、最近、志穂さんの事故に関係していたらしい頬黒文鳥って奴が、うちのマンションに現れたんだ」

 顔をしかめて告げるとカップルの話を聞いていた学生が「事故?」とこちらを向く。

三好みよし、後で話してやるから、今はお前は自分の仕事をしろ」

 ギロリと後輩を睨んだ後「それは穏やかじゃないな」円花はコーヒーをすすった。

「それで瞳さんがストーカー対策の為にも、志穂さんの事故をもう一度調べたいと言い出して」

 とりあえず、幽霊になった志穂と美佳の霊感のことは伏せておく。

「瞳さん、志穂さんと仲良かったからな。来年卒業だし、はっきりさせておきたいんだろう」

 円花が頷いた。

「ストーカーの噂ねぇ……。そうそう、最近『百目ひゃくめ』がまたやらかしたらしい」

「『百目』が?」

 『百目』とは、この大学の生徒ではないかと噂される、覗き魔系のストーカーのことだ。奴は学生区画の特に警備の厳しい女子学生専用マンションやアパートを中心に、そこに住む住人の私生活を覗き見るという犯行を繰り返している。どんな厳しい防犯体制を敷いているところでも覗くことから『門番破り』とも呼ばれ、オカルトめいた噂すら付きまとっていた。

「怪異なもんか。『百目』は間違いなく『偽怪』だ」

 忌々しそうに円花が断言する。そういえば志穂の件も覗き魔系ストーカーだ。

「志穂さんの件も『百目』だと思うか?」

「解らん。あいつの模倣犯は結構いるからな」

 『百目』の噂が立つと、必ず模倣犯が現れる。奴らは『百目』を習い、ペットロボや小型ドローンを使って、盗撮や盗聴を仕掛ける。

 そいつ等の動向もいくつか聞く。最後に被害にあったという学生の名前を訊き、樹季はそれを共有スケジュールアプリのメモ帳に入力した。

 

「肩が軽くなったよ」

 話をしていたカップルがさっき見たときより、ずっとすっきりした顔で席を立つ。円花が相談料を受け取る。このサークルは大学内で霊を祓うことが出来るサークルとして有名だ。オカルト研究会がそれで良いのかは別として、このカップルのように霊を憑けてしまったらしい学生から心霊相談を受け、怪異現象から何人も救っている。

「うちのサークルというより、三好の個人の力だけどな」

 このサークルの中でも無類のオカルト好きの彼は、どうやらその『好き』という陽の気で霊を祓える、天然祓い師らしい。円花はそれを利用して、今回のように彼を使い、相談を受け、その料金を同好会の活動資金としているのだ。三好が喜々としてサークルが運営する星間ネットのオカルトコミュニティに先程のカップルの話を書き込む。

「何かあったらまた相談してくれ。うちはこういうトラブルには慣れている」

 『偽怪』の中でもストーカー案件は多い。

「解った」

「あ、Kappaさんからリプがついた」

 書き込んだ話に早速、コミュニティの常連が食いついたらしい。三好が楽しげにチャットを始める。

「じゃあ」

「気を付けてな」

 珍しく少し心配そうに円花が見送る。樹季はそんな彼女に軽く手を振り、サークル室を出た。

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