Day13 夕食会(お題・流しそうめん)
瞳、樹季、美佳は志穂の為にいろいろと動いているが、文香は関わっていない。幽霊が苦手……得意な人もいないと思うが……なのと、三人と違い志穂との接点が何も無いので、情報だけをアプリで共有していた。
ここに帰る駅までに電車の中で読んだ内容によると、二年前の情報を集めている瞳は苦戦しているらしい。無理もない、彼女はもう内々定を貰っているが、四年生は今、就活戦線の真っ最中だ。過去の事故に割く時間はないだろう。樹季の方はオカルト研究会から『百目』と呼ばれるストーカーや模倣犯の情報を得て、被害者を当たっている。そして美佳はロボット技師の母親から返ってきた返事をUPしていた。あの頬黒文鳥はペットロボで間違いないという。トールが撮った映像の目の部分を拡大して調べたところ、それがカメラアイであることが判明したのだ。
二十年近く前からバージョンアップを繰り返し販売しているペットロボット『文鳥』シリーズで、全身真っ白の白文鳥と並んで人気の機種だという。天の川銀河系中の、本物の小鳥が飼えない愛好者に愛されていて、入手先や流通ルート等を探るのは不可能らしい。
「……なんか早くもちょっと行き詰まり感あるなぁ……」
ぼそっと呟いた文香の前、路地と路地が交わる交差点を、ふわふわと浮かぶロボットが横切る。
「トールくん!」
買い物帰りだろうか。お気に入りの家事ロボットの姿に文香は呼び掛けて駆け寄った。
「文香様、おかえりなさぁい」
「ただいま、トールくん。何してるの?」
文香の質問にトールは見上げた点目を瞬いた。
「頬黒文鳥のペットロボットを志穂様と探していまぁす」
「えっ!?」
トールの言葉に思わず二、三歩下がる。機体の真横にうっすらと女性の影が現れた。最近、彼女は光があるところでも現れる。美佳曰く、知り合いに認識され始めたことにより、存在がはっきりしてきたらしい。
「ひっ!!」
『ごめんなさい。今日は美佳さんが家庭教師のバイトで、トールちゃんに憑いているように言われたの』
声も以前より、よく聞こえる。
流石に美佳もバイト先に志穂を連れて行くわけにはいかなかったようだ。その後、美佳の母、
『怖がるのも仕方ないよね。脅かしてしまったんだし。……本当にごめんなさい』
すまなそうに深々と頭を下げられて文香は戸惑った。正直、あのときは全く怖いとは思わなかったし、反対に怒鳴って彼女を追い出したのだ。
「あ……それは気にしないで下さい」
恐る恐る告げると志穂がほっとしたように息をつく。幽霊に安堵されるというのも貴重な体験だ。文香はぎこちなく笑みを返した。
『文香さんは本当にトールちゃんが好きなのね』
自分が憑いている側と反対のトールの手をしっかりと握って歩く文香に志穂が笑む。
『四号室に来たときも、美佳さんの部屋で初めて会ったときも、ずっとトールちゃんにくっついてたし』
「あ……トールくんは勿論ですけど、私、家事ロボット全般が好きなんです。マルが大好きだから」
『マル?』
「私を育ててくれた子守兼家事ロボットなんです。大事な『家族』の」
こう言うとバカにされることが多いが、両親に代わり、いつも自分に寄り添ってくれたマルは文香にとって大切な『家族』だ。ロボットには『心』はないのに……と笑う人もいるが、彼らの経験を積み重ねた感情プログラムも『心』のあり方の一つだと文香は思っている。
『それは素敵な考え方ね。それであのとき『私はマルとここで暮らすの!』って私に怒鳴ったんだ。あの気迫はすごかった。私、部屋の外に弾き飛ばされたから』
「はい。今度の夏休みに迎えに行って、一緒に住むんだって決めた直後だったので」
『それは楽しみね』
何を幽霊と普通に会話しているんだろう、と頭の隅では思いつつも、マルへの思いを自然に受け止めてくれる志穂についついつられてしまう。もし、幽霊でなかったら、本当に気の良い、優しい女性なんだろう。瞳や樹季が事故原因を探そうと頑張るのも解る気がする。生身だったら自分もすぐに懐いてしまうかもしれない。
「あ、美佳様が帰りの電車に乗られましたぁ」
トールが点目を一つ瞬いて告げる。
『じゃあ、トールちゃん、今夜はここまでにして部屋に帰ろうか』
「はぁい、晩ご飯の支度を致しまぁす」
晩ご飯という言葉に文香のお腹がぐうと鳴った。部屋の冷蔵庫の中身を頭に浮かべ、ロクなものが入ってなかったと、がっくりと肩を落とす。
「……ああ、マルのご飯が食べたい……」
折角、送って貰った『文香専用メニュー』のレシピだが、文香は料理が苦手なので、まだ作ってない。
『じゃあ、一緒に作りましょうか?』
その声に志穂が応える。
「本当!?」
文香の顔がぱっと明るくなった。
『ええ、レシピさえあれば、私が作り方を教えてあげられるわ』
「レシピはあります! 今から材料を買いますので!」
久しぶりにマルのご飯が食べられるなら、相手が幽霊でも構わない!
「トールもお手伝いしまぁす」
「うん!」
文香は、ぐいとスーパーの方へトールの腕を引っ張った。
* * * * *
「……これ、どうしたの……?」
家庭教師のバイトから帰った美佳は自分の部屋の様子に呆然と呟いた。
電車の中、Talkアプリで文香から『材料費は出しますから、志穂さんとトールくんと私で晩ご飯を作って良いですか?』と訊かれ、トールが一緒なら……とOKを出した。その後、更に瞳と樹季から『楽しそうだから私達もご飯作り参加して良い? 一緒に夕食会しましょう』とメッセージが来て、それにもOKしたのだが。
ベッドルームのテーブルの上には、ぐるぐると水流に乗ってそうめんが回る、流しそうめん機が置かれている。その脇には様々な薬味に、普通のつゆから、ゴマだれ、中華、トマト……と何種類ものつけ汁が並んでいた。
「いやあ~、忘年会のビンゴゲームで当たったヤツが初めて役に立ったぜ」
樹季が皆につゆ入れを配る。
「ごめんね。美佳さん、こうやって皆で持ち寄ってご飯するの本当に久しぶりだったから懐かしくて」
瞳がキッチンから茹でたそうめんを持ってきた。
「流しそうめんなんて初めてです!」
文香が箸を配る。テーブルの隅には志穂がにこにこと座っていた。
「志穂さんがいろいろと教えてくれたんです」
レシピは子供の頃、食の細かった文香の為に彼女の子守ロボットが考案したもの。その作り方を志穂が丁寧に教えてくれたという。
「そう、良かったですね」
そのせいか文香が志穂に懐きだしている。楽しげに話をする二人に美佳はくすりと笑うと、上着とバッグをハンガーに掛けて、席に座った。
わいわいと皆で流れるそうめんをすくい、いろんなつゆにつけて食べていく。
「次はデザートのフルーツを流すぞ!」
めんが無くなると、今度はカットフルーツを樹季が流しそうめん機に入れる。
「樹季さん、流れませんよ~」
「缶詰みかんは回っているじゃないか」
「水で味が薄くなるから、そのまま食べましょう」
きゃっきゃと食後の甘いものに突入する。
一緒に騒いで食べながら、美佳はふと自分が今、あのとき羨ましいと感じたプリンをくれた子と同じことをしていることに気が付いた。
……これが疎んでいた霊感と『無視』し続けて幽霊がもたらしたものなんて……。
『もしかしたら、美佳にとても良い出会いを与えてくれるかもしれないな』
「美佳様が楽しそうでトールは良かったでぇす」
点目を瞬かせるトールの横で志穂がにこにこと皆を見ている。
「ええ、本当に楽しい」
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