Day14 向井隼人(お題・お下がり)

 それは二年生の新学期に入り、受講登録を終えて、一月ばかり過ぎたときのことだった。

『吉野さん!』

 講義室を出ようとして追ってきた声に志穂は何事かと振り返った。

『何ですか?』

 声を掛けたのは、新しく取った講義を共に受講する男子学生。すっきりと整った顔をしていて、同じ受講生の女子学生達が熱い視線を送っていたのを覚えている。

 忘れ物か落とし物でもしたのだろうか? バッグを確認する志穂に男子学生は顔を少し赤く染めて訊いた。

『吉野さん、今、付き合っている男性とかいますか?』

『いいえ、別に』

 何を唐突に? 戸惑いながらも答える。志穂は瞳曰く、女性らしい可愛らしい顔をしているが、人みしりの性格もあって彼氏はいたことがなかった。

『だったら……』

 ごくりと喉を上下させて、更に顔を赤くして彼が告げる。

『オレと付き合って下さい!』

『えっ!?』

 それが志穂の初彼、向井むかい隼人はやととの出会いだった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 昨夜は楽しかったなぁ……。

 昼下がりの大学のカフェテラス。三限目の講義が無い為、次の四限目までの時間でレポートの下準備をしていた美佳は昨夜の夕食会のことを思い返しながら笑んだ。

 食べて、話して、また食べて。あんなふうに賑やかに同年代の女の子達と食事をしたのは初めてだ。あの後、文香は

『私も何か手伝います』

 皆に自分も協力することを申し出、頬黒文鳥のペットロボを探す役割を引き受けた。これからは空き時間にトールと一緒に学生区画を捜索するという。

『私も楽しかったわ』

『あたしも以前みたいで』

 瞳がこれから土曜日か日曜日の夜はこうして調査の結果報告をしながら夕食会をしようと提案し、明日は樹季の部屋でお好み焼きを作ることが決まった。

「割り当ての材料と、後、何か持っていこうかな……」

 頬を緩ませながら、タブレットに入れた参考資料の使えそうな箇所にマークを入れていく。一通りまとめて、まだ時間があるので何か飲もうと立ち上がったところで、美佳はチリリ……首筋に何かを感じた。

「すみません」

 前の席の椅子が引かれ、そこに男子生徒が座る。

『隼人くん!』

 耳元で志穂の驚きの声がする。

「瓜生美佳さんですか? オレ、四年生の向井隼人と言います。この前、市川瞳さんから、あなた達が志穂ちゃんの事故を調べていると聞いて、オレも何か協力したいと……」

 事故以来、疎遠になっていたという志穂の彼氏だ。真剣な顔で、この二年間、ずっと事故のことが気になっていたのだと話す。

「はあ……、お気持ちは解りましたけど……一度瞳さんと相談してからでないと……」

 この調査の主導は瞳だ。それに……。

 何だろう? 今の感覚……。

 美佳は先程のひりついたような痛みの走った首の後ろを押さえた。


 * * * * *

 

 アティーナ星系標準時AST午後七時。今日は五限目まで講義があった美佳は部屋に帰った後、Talkアプリを開いた。今夜は他の皆はまだ帰ってきていない。

 隼人に会ったことと協力の申し出は、既に共有スケジュールアプリのメモ帳にUPしている。そのことについて相談しようとメッセージ欄を開くと

『隼人さん、卒業と就活は大丈夫かよ』

 意外と気遣いの出来る樹季のメッセージがあった。

『はい。卒業は瞳さんと同じで、前期でいくつか単位を取れば卒論だけで大丈夫だそうです。就活はお父さんのマンション管理会社に就職が決まっているとか』

 隼人の曾祖父が『天神』のコロニー建設に関わっていて、向井家はいくつも『天神』内に不動産を持ち、その管理会社をやっているという。

『兄が昇格して空いたお下がりポストだけどね』

 隼人は言っていた。

『羨ましい……』

 すねた声が聞こえてきそうな樹季の返事に志穂と二人で苦笑する。三年生の樹季は就活に向け、今度の夏休みはインターンで故郷の惑星ほしに帰省するらしい。

『そういうことなら頼みましょう』

 瞳の返信がぽんと浮かぶ。

『お父さんがそういうお仕事なら、ストーカーについてもいろいろ知っているかもしれないし』

 これで更に調査が進むかもしれない。

『はい。では、明日、隼人さんにお返事してアプリに登録して貰います』

 返事を打つ。二人から可愛らしい『OK』のスタンプが返る。

『でも……』

 瞳のメッセージが浮かんだ。

『私、樹季ちゃんが一緒に調査していることは言ったけど、美佳さんのことまで隼人さんに言ったかな?』

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