Day20 階段(お題・甘くない)
『……ログを見たところ機能を全停止するコマンドを食らって動かなくなったようだね……。しかしも、
昨夜、動かないトールに動転して連絡を取った母との会話を思い返しつつ、美佳は出かける支度をした。今日は午前中は講義。夕方からは家庭教師のバイトだ。
「トール、いってきます」
昨夜、トールの機能停止を共有スケジュールアプリにUPしたところ、すぐに駆けつけてくれた文香と一緒に、クッションに寝かせた彼に声を掛ける。薄いガラスのスモーク越しに朝の光を浴びている彼は相変わらずぴくりとも動かない。小さく息をこぼして靴を履き、部屋を出、玄関と門扉を二重認証で開けて出て行く。
ぱたた……美佳の後ろを黒い小鳥が追っていった。
* * * * *
「やっはり無理……」
夕刻、四限目の授業を終えた文香は、そのままメゾンドコレーに帰った。門扉を潜った途端、空気が重くなり、夕の光の赤みを増した気がする。文香はぶるりと身を震わせると、一階の自室に向かった。
「皆には悪いけど……」
元々、オカルトの類が苦手な文香にとって、ここに住むのはもう限界だ。このまま日曜日まで居るなんて出来ない。怪異のことは伏せ、ストーカーのことで友人達に相談したところ
『三日くらいなら、うちにおいでよ』
一人が日曜日まで泊めてくれると請け負ってくれた。そのことを共有アプリで報告したところ、皆、その方が良いと勧めてくれたのだ。
『そもそも文香さんは関係がないのだから』
その言葉に甘えようと思う。文香は部屋に入ると当座の荷物……大学の教科書や参考資料、ノートにレポートの入ったタブレットと三日分の着替えをキャリーバッグに詰めた。冷蔵庫の中身を確認し、生物は友人が滞在費代わりに貰ってくれるというので保冷バッグに詰める。それらを手に立ち上がり、部屋の管理AIにしばらく留守にすることを告げると
ぱささ……。
長期外出の為、スモークを濃くした窓の外で小鳥の羽ばたくような音がした。
「うそっ!?」
探しているときは、まるで見つからず、忘れかけていたのに……。
慌ててバッグを抱えて部屋を出る。そのまま急ぎ足で共有玄関に向かう。その彼女を遮るように、ぱささ……、目の前に黒い小鳥が飛んできた。
「いやっ!!」
真っ黒の羽毛に覆われた身体にピンクの嘴と足。間違いなく、以前、文香が門扉の常夜灯に止まっているのを見た小鳥……ストーカー『百目』の手先のペットロボだ。慌てて身を翻し逃げ出す。
ぱささ……。
小鳥が追ってくる。文香はとにかく、それから離れようと階段を駆け上がった。
* * * * *
踊り場まで一気に駆け上り、キャリーを置いて、大きく息を吐く。
「何でマンションの中まで入ってくるのよ……」
女子学生向けマンションは、ロボットでもトールのように許可を受けたものでないと入れないはず。特にこのマンションは志穂の事故以来、厳重になっている。許可を受けてないロボットが侵入したら、センサーが警告音を発し、管理会社と契約している警備会社の警備員が飛んでくるはずだ。涙目で下の階を覗く。夕刻の赤い光に色どられた廊下には何の影も無い。それでも文香はしばらく息を潜め、じっとしていた。
「そろそろ大丈夫かな?」
ゆっくりと階段を降りていく。最後の段をから廊下の床におそるおそる右足を着ける。そっと周囲を伺い左足を下ろしたとき、くらっと文香の視界が歪んだ。
「えっ!?」
一瞬ブレた視界が戻った後、驚きの声が口から飛び出す。そこはさっき降りたはずの階段の踊り場だった。
「もう……どうなっているの……」
半分、泣きべそをかきながらキャリーバッグと保冷バッグを手に階段を降りる。降りても降りても一階の廊下に着かない。最後の段を降りた途端、また視界が歪み、踊り場へと戻る。それをもう何回、いや何十回繰り返しただろう。それでも文香はひたすら階段を降り続けていた。
本当はちょっと休みたい。でも……。
ちらりと視線を後ろに向ける。ひたすら踊り場と下りの階段を繰り返すうち、いつからだろうか、文香と違うもう一つの足音が追ってきているのに気が付いたのだ。始めは文香のはるか上……二階しかないばずなのに、ずっと上の階らしき場所から音は降りてきていた。それが段々大きくなってきている。距離が縮まっているのだ。その足音が怖くて、疲れても足を止められない。
「どうして……もう、どうして……」
これは一人で逃げようとした罰なのだろうか? オカ研の会長が言っていた『真怪』はそう簡単に自分を逃がすほど甘くなかったのか? ますます足音が近づいてくる。文香はもう一度ちらりと後ろを見、見るのではなかったと激しく後悔した。
……なに、あれっ!!
真っ赤なワンピースらしき服を着た長い髪の女が階段の中程にいた。顔は黒髪に覆われて見えないが、半袖の袖口から伸びた腕は服の色とは対照的に青白く、とても生身の人間とは思えない。
やだ!! もう!!
キャリーをガンガン、段にぶつけながらひたすら降りる。『
もう、逃げきれない!!
何十回目かの踊り場を駆け抜ける。背中に堅い指先が当たり、くんと服が後ろに引っ張られる。再び悲鳴を上げる。
もうダメかと思ったその瞬間、文香の腕を後ろ……からではなく横から半透明の腕が掴んだ。
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