Day21 祭り(お題・朝顔)
「文香さん、もうマンションを出たかしらね」
共有スケジュールアプリと四人のTalkアプリのグループメッセージ欄を確認する。
「大丈夫。今頃、安全なお友達の家に居ると思うぜ」
元々、オカルトが苦手で志穂とは直接関係ない文香にはストーカー情報だけ共有して、関わらせないつもりだった。その後、志穂に懐いて手伝ってくれたものの、本格的に危なくなったという、この状況なら逃げて当然だ。瞳も樹季も美佳も彼女を非難するつもりはない。
「だと良いけど……」
だが、やはりうしろめたいのか、まめの連絡を書き込む文香から、まだ『友達の家に着きました』のメッセージがない。メゾンドコレーが見えてきて、瞳はバリカをしまった。六号室以外、部屋の窓に明かりは無い。今日は美佳は家庭教師のバイトで遅くなるから、まだ帰ってきていない。文香は……無事、マンションを出たようでほっと息をつく。
二重認証で門扉を潜り、敷地内に入った途端、ずんと明らかに身体が重くなる。まださっきまでうっすらと夕闇に染まっていた区画がここだけ濃く赤色の光に色どられている。瞳は樹季と顔を見合わせた。美佳と違い霊感の無い自分達でもこう見えるのだ。これはかなりマズイ。
「瞳さん、日曜日と言わず、私達も早くここを出よう」
三日くらいなら安いカプセルホテルに泊まれば良い。
「……そうね。美佳さんにもそうするように連絡するわ」
スケジュールアプリを使ってメッセージを送る。共有玄関から建物内に入ると中は更に赤い。赤黒さが一段増したようで、空気が重い。
「あたし、支度してくる」
「一緒にホテルを探しましょう。私も支度をしてくるから、玄関前で待ってて」
「解った」
樹季の五号室は二階の階段脇だ。彼女が階段を登っていく。瞳は玄関を入ってすぐの自分の部屋の前に立った。二重認証で鍵を開けようとしたとき
ぱささ……。軽い羽音が近くでした。ぎくりと振り向く。あのストーカー『百目』のペットロボが何故か建物内にいて、瞳の後ろを抜け、階段の方へ飛んでいく。
「樹季ちゃん!」
瞳はロボを追って、階段を駆け登った。
* * * * *
踊り場まで登ると、くらっと目眩が襲う。思わず目を閉じ、額を押さえて治まるのを待つ。目を開けると……そこは夕暮れの中、色とりどりの提灯が灯る祭り会場だった。
「樹季ちゃん」
数歩前に見慣れた背中がある。近寄って声を掛けると樹季が猫の瞳を丸く見開いて振り返った。
「瞳さん……ここ、マンションの階段の踊り場だよな……」
「もしかして樹季ちゃんにも、お祭り会場に見えるの?」
無言で樹季が頷く。
中央に長方形に切った敷石の参道。その向こうには夕焼けを背景に黒々と『天神』のコロニー名の元になった学問の神、菅原道真公を祀る拝殿が見える。参道の脇には屋台がずらりと並び、提灯の灯りがほんのりと、鉢に植えられた行灯仕立ての朝顔の花を照らしていた。
「……天神様の朝顔市?」
『天神』の天満宮の朝顔市は七月の始めの週に三日間、
とん! 後ろから誰に押されて、とりあえず人波に乗って拝殿に向かって歩き出す。周囲の人は……余り顔色は良くないが人間だ。小さく息を吐いて、参道を進んでいく。しかし……。
「この参道、こんなに長かったっけ?」
樹季が首をひねる。確かに歩いても歩いても奥にある拝殿に着かない。両脇に朝顔の鉢を並べた屋台が続く。それが途中からぽっとオレンジ色や赤色の光を灯し出した。いつの間にかほおずきの鉢に変わっている。闇が更に濃くなり、ぽっぽっぽっ……とほおずぎの実の中に灯りが灯る。
「樹季ちゃん……」
「なんかヤバイところに来ちゃったみたいですね」
「脇に逸れてみましょう」
樹季と共に人波から外れ、境内の外に出ようと向かう。屋台と屋台の間を抜けたとき、足が止まった。すっかり赤黒い境内に行く手を遮るように赤いワンピースを着た黒髪の女がいる。ぞろりと前髪を垂らした下から、かさかさに乾いた茶色の唇が覗き、にぃぃと笑んだ後、開いた。
『生きた人間がいるぞ』
ぽつんと放たれた言葉に、今の今まで静かだった周囲が急に騒ぐ。
『生きた人間だ』
『生きた人間がまぎれこんでいるぞ』
「なんかヤバイ! 瞳さん、逃げよう!」
ざわつく周囲に樹季が瞳の手を取って走り出した。
じゃりじゃりと音を立てて踏んでいた砂利が、土に変わる。植物と水の青い匂いの中、二人はこれまた延々と低木の植えられた庭園を走っていた。低木は盛りを終えた紫陽花だ。醜く枯れた茶色の花がらが緑の葉の間から飛び出している。
ぞろぞろ、ぞろぞろ、参道を歩いていた人達が追ってくる。何か荒立てるようなことをするわけではないか、ひっそりとどこまでも。
その人影が走る前方にも見えて、瞳は樹季の腕を引いた。紫陽花の繁みに身を潜め、やりすごそうとする。
がさ……がさ……。
瞳達を見失ったらしい人達が繁みに青白い腕を突っ込んで探り出す。
がさ……がささ……。
無言で一つ一つ丁寧に。探る音が増えていく。前方からやってきた人影が加わっているのだろう。
がさ……がさ……がささ……。
音はどんどん近づいてくる。
「ダメだ。瞳さん、このままじゃ見つかってしまう」
なんとか音の少ない方向に逃げようと腰を浮かす。
そのとき突然、半透明の腕と細い腕が二人の腕を掴んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます