Day19 嫉妬(お題・爆発)

「じゃあ、日曜日に皆で、オカ研の会長さんのお家に行くことが決まったんですね」

 円花が全員を一旦マンションから避難させた方が良いと勧めているということ、そして、その当座の住まいに自分の家の二階を提供するという話を共有スケジュールアプリにUPした後、詳しく説明する為に、樹季は三人を以前行った和風居酒屋に呼んだ。瞳と樹季は日本酒、美佳と文香はソフトドリンクを頼んで、おつまみを注文する。

「ここは飯も美味いんだ。円花が言っていた。こういうときは美味しいものをしっかり食べて胆力を付けろって」

 マンションを覆い始めた異変に飲み込まれないようにする為に。オススメメニューをいくつも頼む。

「でも、瞳さんはいいんですか?」

 志穂を一番気遣っていたのは瞳だ。美佳の問いに瞳はあっさりと頷いた。

「確かに志穂のことは心配だけど……円花さんの言うことも一理あると思うの。私達が正常な状態でないと助けられるものも助けられない」

 瞳は円花の父が下宿先を見つけてくれたら、この夏休みはメティス母星には帰らず、志穂の救出に手を尽くすという。

「じゃあ、あたしも……」

「樹季ちゃんは就活があるからダメ。自分のせいで樹季ちゃんの将来になにかあったら志穂が悲しむわ。文香さんも今回が初めての一人暮らしでしょ。ちゃんと元気な顔をご両親とマルくんに見せてらっしゃい」

 樹季の申し出をきっぱりと断り、本物の『真怪』を前に及び腰の文香にそう勧める。

「なら、私が瞳さんと志穂さんを探します」

 美佳が自分から瞳に協力を申し出た。折角、自分の『視え』るだけの能力を受け入れてくれた人と幽霊が危ない目に遭うかもしれないのを放ってはおけないと言う。

「……正直助かるけどいいの?」

「はい」

 きっぱりと応える。

「ありがとう」

 実は美佳の霊感をアテにしていたのだろう。瞳がほっと息をつく。その顔に「任せて下さい」と美佳は笑んだ。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「美佳様ぁ、いってらっしゃいませぇ」

「トール、いってきます」

 階下から三号室の住人と彼女の家事ロボットの声がする。今朝、職場に連絡を入れ、体調不良で……と嘘をついて休んだ睦己は甥から渡されたマイクロチップを手に階段を降りた。ロボットが朝の掃除を始めたのだろうクリーナーの音が流れてくる。

 昨夜、甥からの連絡で住人が全員引っ越しを考えていると聞いた睦己は焦った。幽霊を恐がり、一週間も管理人の仕事を放棄したうえに、更にマンションが全て空き部屋になる。間違いなく兄は自分にも責任があると考えるだろう。

『優雅な生活も終わりだよ』

 どうやって彼女達を思い止まらせようか……必死に考えを巡らせていたとき、彼女達が揃って帰ってきた。外で飲んできたのか、ほろ酔い気分で楽しげに話をしながら……。

 その姿を見たとき、睦己の中で何かが爆発した。

 以前から、こもれびのように眩しい女子学生達にモヤモヤしたものを感じていたが、その正体がはっきりと解ったのだ。

 これは『嫉妬』だ。

『四十代、安定した生活を送っているが、このまま衰えていくしかない』自分の『若く、輝かしい未来がこの先待っている』彼女達への。

 志穂の事故のときも、甥の仕業と解っていながら、さほど罪悪感を感じなかったのは、彼女達への嫉妬の溜飲を下げていたからなのだろう。

 しかも、更に私の生活に追い打ちを掛けるなんて……。

 モヤモヤとしたものがドロドロとしたものに変わっていく。

「トールくん」

 睦己はせっせとスクイージーで床についた泥を落としているトールに声を掛けた。

「なんですかぁ。向井様ぁ」

「管理会社が、部屋の管理AIと家事ロボットについての規約を改訂したの。インストールしておいてくれるかな?」

 マイクロチップを差し出す。部屋の管理AIの上位AIになっているロボットは入居中、管理会社の規約に従わなくてはならない。我ながら上手い口実だ。

「はぁい」

 トールの手が延びてマイクロチップを受け取った。

「了解しましたぁ」

「お願いね」

 クリーナーの音が再び流れはじめる。睦己はにやりと唇を歪めた。

 

 * * * * *

 

「……朝より濃くなっている」

 今日の講義を終え、帰ってきた美佳はマンションの共有玄関から一歩中に入って唖然とした。窓からの夕方の光が霞むほど、美佳の目には建物内が赤く『視え』る。

「確かにこれは皆、出た方がいいわ」

 赤い空気をかくようにして自分の部屋までいく。ドアの前で二重認証した後、入ると部屋はしんと静まり返っていた。

「あれ? トール?」

 いつもなら美佳が最寄り駅に着いた時点で、彼女が持つバリカと連携しているトールが夕食を作り、お風呂を沸かしておいてくれる。その彼の作動音や煮炊きをする音が聞こえるはずなのだが。

「明かりをつけて」

 部屋の管理AIに命じて、照明をつける。玄関を上がり、キッチンを通るがコンロの上も流しも空っぽだ。

「トール?」

 ベッドルームに入り、美佳は息を飲んだ。

 トールが絨毯の上に転がっている。丸いボディについたカメラアイの点目が虚ろに天井を見上げ、腕がだらんと左右に伸びている。

「トール!」

 返事は無い。

「トール!!」

 膝をつき、ボディを揺さぶる。


 ぱささ……美佳の部屋のベランダの柵から黒い小鳥が飛び立った。

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