Day18 『真怪』(お題・占い)

 あれ? ここはどこだろう?

 目覚めて志穂は首を傾げた。美佳と共に暮らしはじめてからは、彼女への配慮もあって、夜は寝て朝起きるという生活が続いている。いつもなら、アティーナ星系標準時AST午前五時にスリープを解除するトールと一緒に目を覚ます。そして、まだ眠っている美佳のヘルスチェックをして、データを瓜生家のクラウドストレージにUPし、部屋の管理AIのログをチェックをするトールの様子を眺めているのだが。

『ここ……マンションの階段よね』

 その一階と二階の間にある踊り場だ。下を見ると赤い光に染まった床が見え、上を見上げると二階の廊下の窓の向こうに真っ赤な空を見えた。

『朝焼けにしては随分赤いなぁ……』

 朝というよりは夕空と言うほうがしっくりくる。

 何故、今ここに自分がいるのかは解らないが、とにかく美佳の部屋に戻ろうと階段を降りる。一階の廊下の床に足を着けた途端

『あれ?』

 頭がぐらりと揺れたような感覚が襲う。

『え?』

 周囲を見て、足を止め、思わず声を上げる。さっきと同じ階段の踊り場に志穂は戻っていた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「今まで黙っていてすまん」

「いや、『真怪』だからこそ他人ひとに話しにくいのはよく解ってる。私はオカ研会長だぞ」

 円花の言葉に樹季はほっと息をついた。

 昨夜、瞳の提案どおり美佳に自分達の部屋を見て回ってもらった。しかし、一号室も二号室も五号室にも志穂はおらず、彼女以外の霊も何もいなかったらしい。……が。

『……六号室から嫌な気配がする……』

 六号室の睦己と自分達はマンションの住人と管理人としての付き合いしかない。なので

『マンションに不穏な空気が漂っているので部屋を調べさせて下さい』

 と言うわけにもいかず、困った樹季は円花に志穂のことも美佳のことも全部明かして、相談したのだ。

「それに、お前さんがこんな状態だからな」

 円花が樹季の肩を手で払う。途端に今朝から重かった身体が軽くなる。

「……円花……」

 唖然とする樹季に彼女は人指し指を口の前に立てて笑むと腕を組んだ。

「リアリストで気の強い樹季がこうでは、他の連中もヤバイな。志穂さんのことは一旦置いて、とにかく皆、そのマンションを出た方が良い」

 バリカを取り出し、スケジュールアプリを開く。

「……もうすぐ夏休みだ。それまで、うちに来ないか?」

 樹季達とは違い、円花は両親と共に住み、家から大学に通っている。

「父さんに頼んで、使ってない部屋を開けて貰う」

 そう言いながら、バリカのメッセージアプリで大学教授である父親に連絡を取る。とりあえず理由は、ストーカー『百目』の件にして、友人達を避難させたいとメッセージを送ると、すぐに了承の返事が返ってきた。

「一時的にうちで預かって、後は父さんの伝手で下宿先を探してくれるそうだ。日曜日までにはなんとかするから、そちらも部屋を出る準備をしてくれ」

「解った。ありがとう」

 今朝、瞳も身体が重いと言っていたし、文香は怯えきっていた。美佳もよく眠れなかったと顔色が悪かった。

「ここは一度避難して、皆、落ち着いてから志穂さんを探そう」

 

「ありがとう。楽になったわ」

 今日も三好を使った心霊相談を受付ていたらしい。占い師に不吉な占い結果を告げられた後、調子が悪かったという女子学生がすっきりした顔で立ち上がる。いつものように円花が彼女から相談料を受け取る。

「もう、その占い師には近づかないほうが良いな」

「解りました」

 女子学生が部屋を出く。

「占い師は金を取る為に適当に不吉なことを言ったつもりが、『本当』になることがまれにあるんだ」

 人を欺く為の『偽怪』。その『嘘』の裏に潜む『欲望』が『真怪』を呼び寄せる。

「会長」

 女子学生を見送る円花を部員の一人が呼ぶ。

「どうした?」

「例の『百目』の分析の件ですが、どうもAIの回答が曖昧過ぎて……」

「見せてみろ」

 円花が部員の元に行き、パソコンの画面を見る。彼女の眉間に深い縦皺が寄った。

「上手くいかないのか?」

 樹季も彼女の肩越しに画面を覗く。

「あれだけ一致してたのに、これはどういうことだ……」

 メゾンドコレーで起きるストーカー事件はほぼ『百目』の犯行で一致していたはずなのに、改めて集めたデーターを解析すると、その犯行パターンも思考パターンも曖昧で大雑把な、とても対策にならない回答になってしまっている。

「……何かAIを攪乱させるデータが混じっている……?」

 円花が画面を見つめ、うむと顎をつまんだ。

 

 * * * * *

 

「あ、おばさん? 実はそのマンションから住人達が避難する話が出てるんだ。……そう、だから早く例の家事ロボットをなんとかしてよ」

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