Day26 天然祓い師(お題・すやすや)

「『KIKUITIMONZI』アーカイブより修復プログラムKS724093をDL……プログラムを実行……エラー……修復失敗……『KIKUITIMONZI』アーカイブより修復プログラムKS724094をDL……プログラムを実行……エラー……修復失敗……」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 メゾンドコレーの門扉に着き、バリカで協力者として登録しておいた雅彦の入所許可申請を発信する。

「すみません……私、ぐっすり寝ちゃって……」

 返事が来るまでの間、美佳はもう一度、彼に謝った。電車の中で美佳は

「瓜生さん、もうすぐ着きますよ」

 起こされるまで、彼の肩に頭を乗せて、すやすやと眠ってしまっていたのだ。

「いえ……こちらこそ……あんまり気持ち良さそうに眠っているもので、起こし辛くて……」

 雅彦も頭を掻きながら謝る。気恥ずかしさからか、お互い顔がうっすらと赤い。そのとき、美佳の後ろ首筋にチリリ……と痛みが走った。振り返ると門扉の上から頬黒文鳥のペットロボが自分達を見ている。どうやら『百目』……向井隼人は自分達が『真怪』を前にあがくのを見物するつもりらしい。

 ……そうしていられるのも今のうちよ!

 きっとペットロボを睨む。ピロン。美佳のバリカから管理会社の許可の着信通知の音が鳴った。

 

「……これは……」

 門扉を潜り、敷地に入った途端、雅彦が絶句する。

 無理もない。三時間前、ここから大学に向かった僅かな時間の間に事態は更に悪化していた。

 マンションを覆う血のような赤い闇。粘りつくような重い陰気をはらんだ空気。そして、異界から出てきたのか、青白い人魂がふわりふわりと空中に浮かんでいる。多分、現世こちらに恨みや未練のある死人の魂が出てきたのだろう。今は敷地内に留まっているが、夜になれば夜気に乗って学生区画にあふれ出すに違いない。そうなれば、メゾンドコレーを中心に霊障が多発してしまう。

 これは夜までになんとか呪物を祓わないと!

 焦る美佳の耳に

「これはスゴイ!!」

 雅彦が喜々とした声が聞こえた。

「はい?」

「オレ、こんな怪異らしい光景を見るの初めてなんです!!」

 目をきらきらさせながら肩掛けカバンからタブレットを出す。

「なんか空気が赤く染まって見える!!」

 霊感が無く、陽気を放つ雅彦には若干、空気が赤く染まって見えるくらいらしい。

 ……いや、同じ霊感の無い文香さんや樹季さん、瞳さんでさえ異常を感じたんですけど……。

「……大丈夫ですか? 異界から出てきた人魂があちらこちらに浮かんでいますが……」

「本当ですか!?」

 嬉しそうにパシャパシャとタブレットのカメラを方々に向けて撮る。人魂が焦るようにマンションの中に逃げていく。

 ……ええっと……。

 興奮している彼から『大好き』オーラがあふれ、陰気が祓われ、夏らしい透明な夕暮れが戻ってくる。

 雅彦が撮影を止め、タブレットのカメラロールを見て

「あれ? 赤い光が写ってない……」

 首を傾げる。改めてオカ研『最終兵器』と言われているだけはあると感心する。

 二重認証で共有玄関を開ける。一歩中に入ると外より更に赤黒い闇と重い陰気が満ちていた。が……。

「うわぁ!! ここもだ!!」

 雅彦が喜びの声を上げタブレットを構えた途端、それが薄れていく。

 

『美佳さんの『力』で、三好こいつの『力』を操ってマンションと呪物を祓ってくれ』

 

 美佳はサークル室を出る前の円花の言葉を思い返した。

 私の『力』は『視る』こと。そして、さっきの人魂の逃げ方からして……。

「三好さん、六号室に行く前に一つ私の話を聞いて貰えませんか?」

「なんですか?」

「実はこのマンションの踊り場が異界との繋ぎ目になっているのですが、そこに赤いワンピースを着た、とても強い女の霊が出るのです」

 文香を追い掛け、瞳と樹季が死人に追われる切っ掛けを作り、異界から戻る美佳を阻止しようとしてきた霊。相当、生者に恨みのある霊なのだろう。多分、今も六号室に行く為、階段を登ろうとする自分達を異界に引きずりこもうと狙っているに違いない。

「勿論!」

 その霊で『彼の『力』の操り方』を試す。

 廊下から光の差さない薄暗い階段と踊り場を見上げる。雅彦がタブレットを構える。美佳は降りてきたとき同様、腹に力を込め、段に一歩、足を乗せた。

 

 階段を一段一段、確認して登りながらゆっくりと話していく。

「その霊は女で真っ赤な半袖のワンピースを着ていて、そこから青白い腕が伸びているんです……」

 美佳の話を雅彦がバリカに音声入力しながら、階段をタブレットで撮る。

「黒い長い髪をしていて、前髪に隠れて顔はほとんど見えないんです」

 さきほど人魂が雅彦から逃げたのは、万が一にでも影が写って、彼にはっきりと認識されるのを恐れたせいだろう。

「見えるのは乾いた茶色の唇だけ。そして湿った粘りつくような声をしています」

 それを言葉でやってみる。文香から聞いた話と瞳と樹季から聞いた話。そして自分の体験を合わせ詳しく伝えて、彼の中に『赤いワンピースの女の霊』の具体的な像を描かせる。そして……。

「それは遭ってみたいですね!」

 その像に彼の『遭いたい!』という憧れの陽気をぶつけさせる。より具体的に認識された『赤いワンピースの女の霊』に、それは直接届き……。

 キャアアアア……。

 あるはずのない上階を駆け上る足音と悲鳴が聞こえる。

 ……よし!

 美佳はこっそり拳を握り、ガッツポースをした。

 

 難なく二階に着く。この階の東の端が六号室。睦己の部屋だ。そちらを『視て』美佳は息を飲んだ。既にマンションの他の場所は雅彦の陽気で祓われ、通常の光景を取り戻しているのに、部屋の前はドス黒い陰気……いやもう瘴気といったほうがいい……で覆われている。

「……さすが呪物と呼ばれるだけはありますね」

「おおっ! 何か黒く見えます!」

 嬉しそうに雅彦がタブレットを構えたとき、階下から飛んできた黒い影が彼の頬をかすめた。

「うわっ!!」

 隼人のペットロボだ。思わず後ずさる雅彦に美佳のときと同じように嘴や爪で攻撃を始める。

「うわっ!! ちょっと!!」

 ぱたた、ぱたたと空を飛ぶ相手に上手く反撃が出来ず、雅彦が廊下の奥、一番西の壁際へと追いやられる。それでもロボは執拗に攻撃を続ける。

「三好さん!」

「瓜生さん、すみません! 先に向井さんを!」

 タブレットで何とかロボをはたき落とそうとしながら雅彦が叫ぶ。

「解りました!」

 六号室に入り、睦己を部屋の外に出す。彼女を雅彦の近くに運べば、彼の陽気で意識を取り戻すかもしれない。そうすれば『餌』がなくなり、呪物の力も落ちるだろう。

 バリカをドアにかざす。カチリ、とドアの鍵が外れた。

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