Day3 黒い小鳥(お題・文鳥)
講義が終わり、新しいマンションの最寄り駅への電車の時間を待つ間、カフェテラスで大学生協が管理運営しているバイトネットを見る。
美佳は苦学生というわけではないが、父がここ数年、体調を悪くしているので、なるべく生活費は自分で稼ぐようにしていた。
「やっぱり、家庭教師が一番かな……」
学園コロニー『天神』はここで研究開発した成果をなるべく外に奪われず、囲い込む為に作られたコロニーだ。大学だけでなく研究所もいくつもあり、そこで働く家族もコロニー内で暮らしている。家庭教師はそんな子ども達相手に需要が高かった。
「新しい派遣先はと……」
前に教えていた生徒は今のマンションから通うのが難しいので、同じ授業を取っている知り合いを紹介して引き継いで貰った。タブレットを見ながらカフェラテを啜っていると
「瓜生さん、これあげる」
その引き継いでくれた知り合いが生協の人気商品、堅めのカスタードプリンをタブレットの脇に置いて前の席に座った。
「すっごく良い生徒さんを譲ってもらったから。真面目な子だし、親御さんも優しいし、お給料も良いし」
「ううん、こちらこそ助かったわ」
礼を言ってプリンのふたを外す。着いていたスプーンで一口口に運ぶとシンプルな卵と牛乳のまろやかな味が甘味と共に広がる。
「瓜生さん、次の家庭教師先を探しているの? 教え方上手だし、親御さんの評判も良いもんね」
「う~ん、家庭教師が好きってわけじゃないけど接客業が苦手でね……」
不特定多数に接すると、どうしても霊を『視る』ことが多くなる為、学生アルバイトによくある、接客関係の仕事が出来ないのだ。
「そういえば、サークルにも入ってなかったっけ」
「うん。ああいう集まりが苦手で……」
同じ理由で美佳は大学でも同じ講義を受講している人以外とは、あまり接していない。そっと周囲を見回す。雑多な霊を拾ったのだろう前の席の男子学生の背中に半分だけの女の顔が憑いている。そのうつろな瞳が突然、ぐりんと回ってこちらを見、美佳は慌てて視線を外した。
「もったいないな~。瓜生さん、可愛いからモテそうなのに……」
何気ない彼女の言葉に思わず乾いた笑いが出る。これまで彼氏がいなかったわけではないが、この『視える』だけの霊感のせいで、どうしてもギクシャクしてしまい、すぐに別れてしまうのだ。
『お前、何か人を寄せ付けないところあるよな』
その彼に言われた言葉が頭を過ぎる。
ピピ……。バリカが鳴る。帰りの電車の時間を知らせるようにセットしておいたアラームだ。
「そろそろ電車の時間だから」
「そう。じゃあ、本当にありがとうね」
「こっちこそ。プリンありがとう」
彼女が椅子から立ち上がり去っていく。カフェテラス入り口のドアで友人とらしき女子学生と合流して出て行く。これからどこかに食事にでも行くのだろうか。楽しそうに話す後ろ姿を見送って、美佳は小さく息を吐くと、バッグを肩に掛け、カフェラテとプリンの空き容器、タブレットを手に立ち上がった。
* * * * *
電車を降り、改札を通って駅前広場に出る。広場は『天神』気象センターが演出した、どこかノルスタジーを感じる赤い夕刻の光に彩られていた。家に帰る人、これからどこかに出掛ける人、バラバラと数名の人が足早に行き交っていく。
「美佳様ぁ」
そんな中、のほほんとした声が美佳を呼ぶ。
「トール」
キュルキュルとタイヤの接地音を響かせて、買い物用アタッチメントカートを装着したトールが手を振りながら近づいてくる。
「お買い物から帰ろうとしたら、美佳様が近くにいるのを感知しましたので、お迎えに参りましたぁ」
その様子に美佳はふっと笑んだ。やはり夕刻一人でいるのは人寂しい。
「お迎えありがとう。一緒に帰りましょう」
ここのスーパーが安い、お弁当はここがリーズナブルで栄養バランスも取れておすすめ。今日一日、新しく住む区画を探索したトールの話を聞きながら、夕暮れの道を歩く。
「トール、私、また家庭教師のバイトを始めるから」
「はぁい。おうちのことはトールにお任せを。今日、許可が下りて、部屋の管理AIの上位AIにトールが登録されましたぁ。これからも、しっかりお世話しまぁす」
家事ロボットは主人をより快適に生活させる為、部屋の管理AIを自分の命で動かせるように支配下に置く。その手続きが終ったらしい。
「今夜の晩御飯は鶏の南蛮タルタルソースと青梗菜のスープ、浅漬けと枝豆豆腐でぇす。鶏肉はヘルシーに胸肉を使いまぁす」
「美味しそう! 私は帰ったら家庭教師先を調べるから、その後にね」
「はぁい」
昨日感じた霊気は夜中何度も部屋を……多分ベッドルームとベランダの間を往復していた。
あの程度なら『無視』するのも簡単。
無事、改修期間を過ごせそうだと、息をついたとき
「ん?」
美佳は首の後ろにチリリとしたものを感じて振り返った。
「美佳様ぁ、どうかしましたかぁ?」
「うん……ちょっと視線を感じて……」
周囲を見回す。薄暗くなってきた路地には誰もいない。……いや。
「あ、あそこに黒い小鳥がいる」
左手のマンションを囲む塀の上にピンクの嘴をした黒い小鳥がちょこんと止まっていた。
「あれは文鳥でぇす」
ジー……。カメラアイのピントを合わせる音がして、トールが答える。
「真っ黒の文鳥?」
「頬黒文鳥と呼ばれる珍しい品種でぇす。きっとどこかで飼われていたのが逃げ出したのでしょう。獣医師と愛好家のネットサークルに迷い鳥として画像を提出しておきまぁす」
もしかしたら、あの鳥から視線を感じたのかも?
ふと思い、それを首を振って打ち消す。いくら美佳でも動物の視線を感じることはない。
「飼い主さんのところに無事戻れると良いね」
小鳥に向かって呼びかけて、美佳はトールと再びマンションに向かって歩き出した。
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