Day24 『ギフト』(お題・ビニールプール)

「美佳さん、あんたならここから出られるだろう。ここから脱出してオカ研の助けを呼んでくれ」

 その言葉に美佳は正直落ち込んだ。『視え』るだけで『祓え』ない自分の霊能力ちから不足を指摘されたような気がして。

「あたし達は『視る』ことすら出来ない。ここは今まで怪異を上手にやり過ごしてきた美佳さんに頼むしかない」

「……私に『祓う』力があれば、皆を連れて逃げられるのに……」

 今更ながら自分の霊能力の無さにうなだれる。そんな美佳の肩に樹季がそっと手を置いた。

「円花が言うにはこういう『力』は神様が気まぐれに与えた『ギフト』のようなものだから、欠けてたり足りなくて当然なんだ。だから、無い分は他の人を頼れば良い。今のあたし達は美佳さんの『力』に頼るしかない。だから、美佳さんはその『力』を使って、ここを出て、足りない分はオカ研の『力』に頼って、助けにきてくれ」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 夕暮れの祭り会場に着く。瞳と樹季がいたときは朝顔とほおずきが並べられていたという参道は、提灯の光の下、様々な屋台がところ狭しと並んでいた。

 綿あめやかき氷の店の隣には、ひよこが駕篭の中でピイピイと鳴いている。カラフルな水鉄砲やライトが仕込まれた光る剣。レトロなおもちゃが軒先から下がり、ビニールプールには金魚がゆらりゆらりと優雅に泳いでいた。

 その店を様々な格好をした人達が眺めながら歩いている。美佳の目が彼らを『視る』。この人達は死人だ。ここは死人の祭なのだ。

 美佳はゆっくりと息を整えた。死人達の目はほとんどが店に向いている。これなら視線を合わさず、通り抜けられる。十数えて気を静める。何気ないふりを装って参道に向かう。

 人混みに入り、巧みに視線を避けながら美佳は歩いた。石畳の道は瞳と樹季のときと同じように延々続く。これはよくある怪異のパターンだ。こういうときは焦らず、落ち着いて歩いていけは、何かの拍子に出ることが出来る。それがいつになるかは解らないが、とにかくひたすら歩くしかない。

 ……あれは……?

 すっすっと人混みを抜けていく美佳の目の端に古いスペーススーツが映った。つい物珍しさに顔を向ける。宇宙空間で作業するタイプの厳つい、ヘルメットとブーツ、グローブを一体化させるタイプのスーツだ。使用時には命綱を付け、移動する為のスラスターのついたバックパックを背負う。そのスーツの脇腹のあたりがざっくりと破けていた。

 ……作業中に事故に遭った作業員さんの幽霊かしら……。

 宇宙空間では今でも僅かなトラブルが死を招く。どのコロニーにもこういう外壁外での作業中の事故の犠牲者がいる。この学園コロニー『天神』にも、故郷の宇宙駅『神田』にも。そういう作業者を弔う為、『神田』では年に一回、コロニー行政主催の慰霊祭が行われていた。

 ……成仏出来ますように……。

 そっと祈ったとき、つんとグローブに包まれた指に肩をつつかれた。

 気に付かれてしまった!

 嫌な汗が噴き出す。ここ半月以上、志穂と共にいたせいで幽霊に対して警戒心が緩んでいたのか。しかし、美佳の肩をつついた作業員の幽霊は黙って指で右手の方向を指した。そこには木々に覆われた小さな鳥居がある。

『あそこから出られるよ』

 穏やかな中年の男性の声が頭に響く。

『あ……ありがとうございます』

『いいえ。こちらこそ成仏を祈ってくれてありがとう。気を付けておかえりなさい』

 バイザー越しの目が笑む。美佳は小さく彼に一礼すると鳥居に向かった。

 

 ただ参道を歩いているだけでは、出るのにかなり時を費やしただろう。参道を外れ、境内の砂利を踏みしめながら、美佳は小さく息を吐いた。

 志穂さんのせいだと思ってしまったけど、これは志穂さんのよね。

 ……でも……。

 つつかれた肩を手のひらで撫でる。参道の霊も作業員の霊のこの異界では実体に近い身体をしているのに、志穂はずっとここでも半透明の姿で存在が薄い。

 ……もしかして志穂さんは……。

 ふとある可能性が頭に浮かぶ。

 だとしたら、元の世界に帰ったら確かめてみないと。

 鳥居を潜る。軽い目眩と共に見慣れた階段の踊り場が目の前に開けた。

 

 * * * * *

 

「さてと」

 踊り場から下を見ると赤黒い光に染まった廊下。上を見上げれば窓越しに真っ赤な夕空が広がっている。

「でも、まだ、ここも異界なのよね」

 志穂と文香が閉じ込められた階段。何の対処もしなければ延々と降り続けることになる。

 ……カツン……カツン……。

 段を降りる足音が上から聞こえてくる。文香のときのようにあるはずの無い上階から誰かが降りてくる。

「『赤いワンピースの女』の霊かしら」

 美佳は息を吸うと下りの段を見据えた。階段や橋、エレベーター、駅等、どこかとどこかを繋ぐ場所は異界にも繋がりやすい。その為、父は美佳が子供の頃は子守役のトールに、彼女が通る『繋がりやすい場所』の『正しい』距離や位置を計測させ記録させていた。

『美佳様ぁ、まだ着いてませぇん。ここで降りてはいけませぇん』

 その注意に何度助けられたことか。

「えっと、ここの下りの階段は十二段」

 以前、トールが数えて教えてくれた段数を思い出す。後ろからの足音が近くなってくる。美佳は大きく深呼吸をすると下腹に力を込めて足を一歩下の段に置いた。

 

「一段」

 カツン、カツン……。降りてくる足音が早くなってくる。

「二段、三段」

 美佳が逃げようとしているのが解ったのだろう。カッカッカッカッ……。音がほとんど小走りになる。

「四段、五段」

 しかし、動じず美佳は一段一段、着実に足を着けて降りた。

「六段、七段」

 カッ! 足音が踊り場を駆け抜ける。

「八段、九段」

 ふぁさ……。服越しに背中に毛束のようなものが触れる。

「十段、十一段」

 固い指先が美佳の服を掴む。

 美佳は三人の怒りに庭園の陰気が薄まったときのことを思い描いた。そう、身体うつわがある人間の意思が何より強いのだ。

「髪まで引っこ抜いて! 痛かったんだから! 今度会ったらぶん殴ってやる!」

 隼人への怒りを声に出しながら、廊下の床に足を着ける。

「十二段!!」

 数え終わると同時に背後の気配が消える。左右を見る。西に自分の三号室、東の端には共有玄関が見える。

「よし!」

 美佳は拳を握った。

 

 二重認証の後、マンションの門扉を潜る。上着のポケットから出したバリカのHOME画面の表示は七月二十一日。金曜日の午後三時になっていた。

「……ほぼ一日、異界むこうに居たんだ……」

 ほんの数時間にしか感じなかったのに。

「早く皆を助けないと!」

 美佳は駅に向かって走り出した。

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