Day5 五号室 後藤樹季(お題・蛍)

 夜、立ち並ぶマンションの部屋の窓はまだ大半が明かりがついている。仁智大学三年生、後藤ごとう樹季いつきは学生住居区画をおぼつかない足取りで歩いていた。

「ひっく」

 猫科のしなやかな獣を思わせる容貌が酒臭い息を吐き出す。

「あ~、飲んだぁ~」

 今日はサークル活動が終わった後、樹季の所属する特撮研究所と友人の所属するオカルト研究会の飲み会があったのだ。サークルの部員の一人が見つけてきた新しい飲み屋は、小さいが近くの農業コロニーの酒蔵から取り寄せた日本酒に、独自の工夫を加えた和食と絶品な上にリーズナブルな店だった。気の合う仲間との会話も弾んで、ついつい飲み過ぎてしまい、千鳥足……とまではいかないが、ふらつきながら路地を歩いていく。

「月が綺麗ですねと~ 貴方は~」

 数年前レトロ調の歌詞とメロディラインがウケて、ヒットした曲を鼻歌で歌う。

「コロニーに月はないって」

 セルフツッコミを入れたとき、脳裏に月のような丸い家事ロボットが浮かび、樹季はへへっと笑った。

 心霊現象が起きるという三号室に引っ越してきた女子学生が連れてきたロボット。あれはシンプルな本体に様々なアタッチメントをつけて仕事をこなすタイプだ。

 一度、詳しく見せて貰いたいな。

 特撮ロボット好きの血が騒ぐ。今度の日曜日にでもケーキでも持って、挨拶に行こうか……とぼんやりと考えたとき、行く先に『メゾンドコレー』と書いた洒落たネームプレートが見えた。

「ん? なんだありゃ、こんな夜中に鳥か?」

 常夜灯の上にマンションの方を向いて黒い小鳥が止まっている。樹季は眉をひそめた。

 このマンションに黒い小鳥は不吉だ。

 当時、自分が一年生のときに起きた転落事故を思い出し

「しっ、しっ」

 手を伸ばして小鳥を追いやる。ぱたた……羽音を立てて、小鳥は夜空に飛び立った。

 門扉を潜る。共有玄関に向かい掛けて、樹季は足を止めた。

「……蛍?」

 一階の一番西の端、三号室のベランダの外にほんやりと光の玉が浮かんでいる。樹季はふらふらとそちらに向かった。

 

 太陽系第三惑星の島国の住人が多いコロニーでは、研究、繁殖、保護を兼ねてビオトープで蛍を飼育しているところが多い。そんな、この時期の風物詩がどこからか迷い込んだのだろうか? 防犯の為に敷かれた砂利を踏みながら近づくと、つい……と光が三号室から離れ、こちらにやってきた。

「うわ! でかいな。……本物じゃなくて作り物か?」

 色もたまに見かける黄緑色とは違い、青白い。静かに光る玉は樹季の前まで近づくと女性の影に変わった。

「ロボットじゃなくて、3D投影ドローンか? 誰だ、またこんなことをしている奴は……?」

 このマンションは事故物件としてそこそこ有名だ。星間ネットにもいくつか無責任な事実無根の怪談が掲載されている。また、それを見た誰かのイタズラか、ネット配信者……VRチューバーのドローンだったら叩き落としてやる。

 拳を固める樹季にすすっと影が近づいてきた。

『……出ていって……お願い……ここから出ていって……』

 か細い声が夜闇に流れる。よく見ると影はどこか見覚えがある。それが誰か気がついたとき彼女の頭に一気に血が昇った。

「許せん! ぶん投げてやる!」

 手を突き出して、影の胸の辺りをつかむ。空を切る感触と共に影がふわりと消える。

 ギリリと奥歯をかみしめる。近くにいるかもしれない操縦者を探す為、足音荒く樹季は門扉に戻った。

 

 * * * * *

 

 あの後、騒ぎを聞いて出てきた一号室の住人、市川瞳とマンションの管理人も兼ねて住んでいる六号室の住人、向井睦己と共に近くの交番に届け出を出した後、樹季は部屋に戻った。

 シャワーを浴びて、パシャマに着替える。

「怒ってくれてありがとう……か……」

 マンションの周囲を捜索しているとき、誰か、知っている声にそう言われた気がしたのだが……。

「気のせいだな」

 樹季は首を振るとベッドに潜り込んだ。

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