Day8 六号室 向井睦己(お題・こもれび)
「……あ……あんたか。お久しぶり、二年ぶりだね。兄さんから聞いているよ。また問題起こして、訴えられかけたって? いい加減にしなさいよ。……ん? 新しく引っ越してきた子? ああ……あの子、前の子にちょっと似ているもんね。あんた、ああいう子が好みだから。……解った、私の管理人権限使っていいよ……。……今度は、ほどほどにしておきなさいよ」
別に今の人生に不満は無い。大学生協の仕事をしながら、副業として兄が所有するマンションに割安で住み、管理人をする。一人でいることに不安はないし、二カ所から貰える給料でなに不自由ない生活が出来る。
ただ……何故かこの頃、若い女子学生を見るとモヤモヤする。学業にバイトに恋にと充実した彼女達が初夏のこもれびのように眩し過ぎて……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最近どうも何をしても面白くないし、楽しくない。映画やドラマも途中で飽きてしまうし、毎週通っていたジムも辞めてしまった。
深々と溜息をつく。安定はしているが、判で押したように流れていく毎日の生活自体に飽きてきているのだろうか。
「婚活サイトでも登録してみようかな……」
バリカを手にいくつかのサイトを覗いて見るが、どうも乗り気がしない。画面をHOMEに戻そうとしたしたとき、指が滑って通話記録が開いた。その中に日曜日の夜にかかってきた甥からの記録がある。睦己はモニターにキーボードを接続すると、管理人権限でマンション管理会社のメゾンドコレーのデータベースを開いた。電気、水道、通信等の使用データから、防犯カメラの映像、住んでいる住人の家賃の支払い状況、契約時の個人情報まで全てが閲覧出来る。
データベースのアクセス履歴を見る。日曜日の深夜、ぽつんと一件、アクセスがある。睦己は、はあ……と呆れた息をついた。
「懲りないな。本当に」
『曰く憑き』の部屋だと知って越してきた三号室の新しい住人の顔を浮かべて、肩をすくめる。モニターを消すと睦己は下着とパジャマを手に、バスルームへと向かった。
* * * * *
ぱささ……。軽い鳥の羽音がする。
また……始まったか……。
寝ぼけ頭で睦己が寝返りを打つと急にずん……と身体が重くなった。
目をうっすらと開ける。枕元に女性の影のようなものが立っている。
『……出ていって……お願い……ここから出ていって……』
か細い声が静まり返った部屋の空気を振るわす。
その顔を見上げ……睦己は悲鳴を上げて飛び起きた。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
起き上がった反動でベッドから落ちる。睦己の身体が彼女の足下に転がる。靴下を履いた足はじっとりと濡れている。そう……あの日は雨だった。
「いやぁ!! 許して!!」
睦己の喉から絶叫が上がった。
* * * * *
どんどんどんどん!! 一号室の市川瞳が
「向井さん! どうしかしましたか!!」
呼び掛けながら六号室のドアを叩いている。
「蹴破るか!?」
腕まくりする五号室の後藤樹季を
「いくら何でも無理ですよ!」
彼女達と同じく悲鳴を聞いて駆けつけた美佳は止めた。
「今、悲鳴は何ですか! どうしたのですか!?」
二号室の安双文香が階段を上がってくる。その彼女に「私達にも解らないのです」と大きく首を横に振る。美佳の隣でトールが点目をチカチカさせた。
「管理会社から緊急事態につき、トールがマンションのマスターAIになる許可が下りましたぁ!」
マンションのマスターAIになるということは、マンション全体を管理するAIの上位AIとして認められたということだ。
トールが六号室の管理AIにアクセスする。ドア開錠の命令を下すと、カチャン! 鍵が外れる音がした。
「向井さん! 大丈夫ですか!」
ドアを開け、瞳が飛び込む。その後に三人が続く。キッチンを抜け、ベッドルームに入ると睦己が床にうずくまっていた。
「幽霊が……幽霊……吉野さんの幽霊が……」
がくがく震えながら何度か繰り返した後、かくりと頭が下がり動かなくなる。
「向井さん!!」
「トールが今、消防暑に救急車の出動要請を入れましたぁ。マンションの入出認証を外しましたので、後藤様は門で着いた救急隊員を誘導して下さぁい」
「解った!」
樹季が部屋を飛び出す。
「応急処置用に今、トールのアタッチメントボディを呼んでまぁす。美佳様ぁ、ボディが入れるようにドアを大きく開けて貰えますかぁ」
「ええ」
美佳もドアに向かう。
「トールくん、私はどうすれば良い?」
「文香様と市川様は向井様の意識が戻るように声かけをお願いしまぁす」
「解ったわ」
二人が睦己に呼び掛けを始める。美佳がドアを開け、ストッパーで止めると、やってきた力仕事用のアタッチメントボディがカシャカシャと音を立てて部屋に入る。トールはそれを装着すると睦己の身体を起こしてベッドに寝かせた。
「気道確保しましたぁ。呼吸正常ぅ。脈拍やや早めぇ。血圧やや高めぇ。血中酸素濃度は正常値ぃ。意識無し……」
トールが睦己の身体をセンサーで調べ、そのデータを消防署の看護AIに送る。データは同時に救急車にも送られて、着いたときの適切な処置の役に立つ。
サイレンの音が近づいてくる。美佳は睦己の寝ているベッドの枕元を『視た』。一昨日、美佳の枕元に現われたのと同じ存在感の薄い女性の霊が心配そうに睦己を見ている。
『……ごめんなさい。こんなに驚くなんて……』
両手をぎゅっと握り合わせ謝る霊と青白い顔で横たわる睦己。サイレンの音が止まり、複数の足音が階段を登ってきた。
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